戦争と平和、その607~解ける封印㉗~
「・・・なんだ、あの動きは。速度ではない、のか」
「不可解です。あんな動きが」
「おい、こっちだ化け物」
目を瞠る仲間をよそに、ベッツがウッコを挑発する。元より攻撃はほとんど捨てている。回避だけに集中することで、生き残る確率を少しでも上げること。それがベッツの作戦だったが――
「ははっ、こりゃあ壮観だな。目玉がいくつありやがる」
既に30を超す頭と、手の中に感触がないことに気付いた赤子の赤い瞳が一斉にベッツに向けられた。だが一斉にこちらを向いたのはよい兆候だと開き直る。
はたしてベッツの意図通りにウッコが動き始めた。体をベッツの方に向け、本格的にベッツを敵として認識したのだ。
「よし、いいぞ。その方がドツボにはまりやがるからな!」
ベッツめがけて10を超える頭が突っ込んだが、そのどれもがベッツの動きを捉えることはない。舞い上がる土煙に中から出現したベッツの姿をすかさず叩き潰す赤子だが、それもまた外れていた。
ベッツを見失ってきょろきょろとするウッコの頭と眼。今度は背中側に出現するベッツに対しウッコが身をよじって振り返り、猛然と突撃したが、勢い余って壁に突っ込んだ。
「よーしよしよし、そのまま大人しく踊っててくれよ?」
「どうなっている?」
「ふむ、やるではないか。今のうちだな、アルフィリース。続きをやるぞ」
「・・・足、視線、上半身と下半身の動きの妙。そんなことが」
ライフレスは背後から感じる中層の管理者の魔術の気配を受け、ウッコに通じる魔術の気配を察した。ティタニアの攻撃からも発想を得て、相手にぶつかる瞬間に魔術を交差させることができれば同様の効果が得られると考え、アルフィリースにも促そうとしたのだが、アルフィリースはベッツの動きを見て、全く別のことを考えているようだった。
「おい、詠唱をしろ。この隙に決められねば、苦しくなるぞ?」
「・・・そっちは任せたわ、ライフレス。私は接近戦をする」
「なんだと? あれは一朝一夕にできるものではない、わきまえぬか」
「――似たようなことならできるわ。試してみたいの。それに、リサが仕掛けをしている。予想が正しければ、誰も死なせずにこれで仕留められる!」
アルフィリースが前に出たのを引き留める暇もなく、ライフレスはさらに下がって詠唱を始めた。
「ちっ、勝手にするがいい。もうそんな暇はないからな」
「ヴァイカ、隙を見て私たちも仕掛けるわ」
「了解しました、姫様――はっ、チャスカは?」
ヴァイカがふとチャスカの方を見たが、チャスカはそこにいなかった。それと同時に、中層の管理者があることに気付く。
「――下層が」
「はい?」
「なんだ、この魔力――下層でとんでもない魔法をぶっ放そうとしている奴がいる。こんなの、ライフレスの魔法がかわいく見えるくらいの――こんな奴、下層にいたか?」
「何を言って――これは?」
リサが感知しかけた瞬間、中層の管理者が大声で叫んだ。
「全員、対衝撃!」
「え?」
管理者の声の意味を理解せぬまま、遺跡全体が大きく揺れた。突然の衝撃の大きさに、ウッコも含めた全員がたたらを踏む。
「な、なんだぁ?」
「これは――下から巨大な衝撃と魔力の余波が!」
「な、なんて魔力の波動。魔法にしても――これは」
「馬鹿が、大陸殲滅規模の魔法を閉鎖空間でぶっ放した馬鹿がいやがる! いや、でもそれほどの相手が下層にいるのか? 理解不能だよ、ちくしょう! ちゃんと管理しやがれ、あの野郎!」
中層の管理者が悪態をついたが、もっとも切実な問題が現実に控えていたのはベッツ。虚実をついてウッコの裏をとっていたのに、地面が揺れたせいで動きが妨害された。その隙を、いくつかの目が捉えていた。
「あ、やべぇ――」
ベッツの動きが止まった隙を逃さず、ウッコの頭が迫る。その頭がベッツに噛みつかんとした瞬間、吹き飛んだ。
「じいさん、一つ貸しだぜ」
「・・・の野郎、助かったぜ」
「こっちっすよ、さあさあ」
頭を落としたのはライン。残りの首を引きつけたのはレクサス。レクサスの表情はやや引きつりながらも、ウッコの注目を集めるべく動いていた。
「う~、生きた心地しねぇっす。一瞬だけならできるっすか・・・?」
ウッコの腕がレクサスをつかむべく伸びたが、その腕がまたしても宙を掴んだ。何も捕まえることができず、またしてもレクサスの姿が離れたところに出現したのだ。
「ははっ、あいつ。見たのは二回目でこれが真似できるのかよ。俺がコツを得るのにどれだけ時間がかかったと思っていやがる」
「じいさーん、早く来てくれっす! 何回も続けられないっす!」
「待ってろ、今行ってやる」
笑いながらベッツがウッコに向かおうとして、赤子の表情が変わった。憤怒の表情となり、頭に一斉に血管が浮かび上がったと思うと、咆哮にも似た叫び声を上げた。
続く
次回投稿は、10/28(水)16:00です。