戦争と平和、その606~解ける封印㉖~
「爺さん、死ぬ気か?」
「そうだ、老い先短い命をなぜ散らしたがる?」
「なんて言い草だ! そうじゃねぇよ、ちゃんと目算があらぁな。あの化け物、ちゃーんと目で見てやがる。だったら、俺なら虚を突ける。あの戦姫のねえちゃんたちは身体能力だけで、技術がねぇ。ただ稼げるのは30呼吸だけだ、それ以上は無理だからな。だからあと10呼吸、残りのお前らでなんとかしな」
ベッツが既に結界の外に出たのを受けて、レクサスがため息とともに動いた。
「んじゃあ5つだけ俺が。リサちゃん、センサー能力で気を逸らすの、やる余裕あります?」
「できなくはありません。が、あれだけの頭と目があるのです。どれほど効果があるかは知りませんよ?」
「十分すよ。あいつが混乱してくれりゃあ、それで十分っす」
「なら残りの5つは俺だ。おい、イブラン。お前の透明になるそのローブを貸しやがれ。ちったぁマシだろ」
「本気ですか、あなた」
イブランが文句を言いながらも、ローブを手渡す。ラインがそれを纏うと、首と足を残して気配が消えた。
「ははっ、やっぱり便利だな。これとダンススレイブで何とかなるだろ」
「返してくださいよ。辺境の魔獣を素材にしているとはいえ、貴重なことには変わりがないのですから」
「さーて、どうかね」
「待てお前達、防御の魔術くらいはかけてやる」
《多重防護鎧》
ディオーレが出撃する三人に防御魔術をかける。見た目は変わらないが、金属そのものの輝きが増したようにも感じられた。
ディオーレが真剣な表情で三人に忠告する。
「あくまで一時しのぎだ。時間と共に効果は弱まり、一撃耐えるかどうかも保障はない。あまり頼るな」
「ははっ、それでもありがてぇっす」
「んじゃあちょっと言ってくらぁ。飛びこんでくる間合いを間違えるなよ?」
ベッツがそう言って先陣を切った。その背中を見ながら、リサがぼそりと呟いた。
「さて、もう一つの仕掛けが間に合うまで時間を稼いでくれますか・・・」
「仕掛け?」
「こっちの話ですよ。それより、ウッコの核の移動が早くなっています。やはり進化しているようですね」
「そうかぁ。じゃあこれが最初で最後のまともな討伐機会かもね。長引かせると厄介な手段を持ちいることになりそうだ。ここで仕留めてしまおう」
中層の管理者が両手に魔術を展開し始めた。防御魔術も維持していることを考えると、3つ同時の魔術展開。そのことがわかるクローゼスやミュスカデは、この男が恐ろしくてたまらない。
「(これほど高等で種類の違う魔術を複数展開するとは、なんて奴なの)」
「(魔術士としては極みに到達しているんじゃないのか。精霊への親和性が私たち魔女よりもよほど強い。それに――精霊と対話するんじゃなく、強制的に命令して従えている。とんでもない魔術士だわ。ウッコよりも、この男を仕留めた方がよいのではないかしら?)」
そんな魔女たちの疑念の混じった視線など気にしていないのか、中層の管理者がルイに話しかける。
「ねぇ、君はたしか氷の魔術が使えるよね?」
「・・・それがどうかしたか?」
「呪氷剣。あれなら通用するよ、準備しておいて。この距離からでも攻撃できるでしょ?」
中層の管理者の言葉に従い、ルイが魔力を解放する。髪色が白く青く染まり、抜き放った刀身も同じく染まり、冷気を放ち始めた。
「なぜ通じるとわかる?」
「防御魔術にしろ性質による防御にしろ、複合属性の魔術には対応できないからさ。複合属性を混在させた防御魔術なんて存在しないし、構築に時間と手間暇がかかり過ぎて、意味がない。君の呪氷剣は意図して使っているかどうか知らないけど、闇と氷の複合属性だよ。通るはずさ」
「もう一度聞くぞ。なぜワタシの魔術を知っている? この遺跡ではまだ見せていないはずだが?」
「――魔術士だからね、見ればわかるさ」
ルイは不審がりながらも剣を構えたが、クローゼスは納得がいかなかった。氷の魔女の自分ですらルイの性質に気付かなかったのに、そんなことがありえるのかと、疑念が渦巻いた。
だがラーナに袖を引かれ、その疑念も今は胸にしまい込む。ラーナはルイの呪氷剣を見て、クローゼスと共に増幅しないかと持ち掛けた。可能だとして、ほんのわずかのこと。だがそのほんの僅かが生死を分けることもある。クローゼスとラーナはできることに取り掛かった。
そしてベッツが前衛に加わったことで、ウッコの注意を一身に集める。
「ちょっと邪魔するぜ」
「人間、何を?」
「馬鹿な、無謀です」
「まぁ見てろ、お前らに足らないのは技術よ」
ウッコがベッツを握りつぶさんと腕を伸ばしたが、掴んだはずのベッツの姿が消えた。そして数歩以上離れたところに姿が出現したことに、ソールカやヴァイカですら目を見張った。
続く
次回投稿は、10/26(月)16:00です。