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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ジェイクの新しい生活、その5~味方~

「孤児だった俺は奴隷商人に売られ、8歳まで奴隷として生活していた。新しい奴隷が来たからと、買われた家を追い出された所にアルネリア教会に拾われた。そして文字も読めないところから始め、7年余りで現在の場所に辿り着いた。その課程における競争で、貴族と争う事もあったろう。また現在の立場に置いて、貴族に指示を出す事もある。だがこのグローリアにおいて、貴族や平民など身分や出自は関係ない! 努力によって勝ち取ったものが全てだ! 貴様は俺の人生のみならず、グローリアそのものも否定するつもりか!?」

「そ、それは・・・」

「それに6年の半数近くが庶民出身だ! 貴様の言葉は、ここにいる多くの者を侮辱する言葉だぞ? それを知った上で、もう一度さっきの言葉を言ってみろ!」


 ブルンズが回りを見回すと、多くの上級生が殺気を孕んだ目で彼を見ていた。その光景に、さしものブルンズもごくりと生唾を飲み込む。


「生死をかけた戦場で、貴族も平民も違いなどない! だいたい貴様は・・・」

「その辺にしておいてあげなよ、ミルトレ」


 ミルトレの言葉を遮るように、静かな声が割って入った。金の髪を型口まで垂らし、いかにも上品そうな、美少年が彼らの元に歩み寄った。


「マリオン」

「マ、マリオン様・・・」

「おや、君は僕を知っているのかな?」


 ブルンズが反応したのを見て、マリオンと呼ばれた美少年が首をかしげる。ブルンズは姿勢を正して立ち上がると、さらに身分の高い者に対する礼として、胸に手を当てながら返答する。


「はい、もちろんであります! 祖国オルメキスの王太子様を知らない者などいますでしょうか!」

「ああ、なるほど。君は我が国の貴族なんだね。家名は?」

「ランドブルッフであります、王子!」


 ブルンズはかちこちに緊張しながらも、テキパキと答えた。自分が胃から逆流させた物で服が汚れているので、いまいち滑稽な格好であるが、本人はそれどころではないようだ。何せ自国の王太子が目の前にいるのである。ブルンズにとって、将来的には剣を捧げる主君になるのだ。

 マリオンもまたブルンズの汚れた格好などは気にせずに、ふむふむと頷いている。


「なるほど、ランドブルッフ子爵の跡取りか。一応ここに来ているとの話は聞いていたが、君だったとはね」

「はっ、覚えていただければ光栄であります!」

「ああ、忘れないと思うよ? なんせ君には今から懲罰房に行ってもらうから」

「はあ?」


 ブルンズが間の抜けた返事をする。顔の方も抜けていたが。


「それはそうだろう。上官であるミルトレの言うことも聞かず、訓練中に仲間に斬りかかった挙句、上官その他不特定多数を侮辱した。これは軍隊なら極刑でもおかしくない」

「そ、そんな・・・」


 ブルンズが可哀想なくらい青ざめて行く。目は泳ぎ、嫌な汗をだらだらとかいている。自分の国の王子に極刑と言われれば当然の事かもしれない。マリオンはさらに続ける。


「そうは言ってもここは軍隊じゃないし、極刑はさすがにね。だからその代わりに懲罰房での生活で代償しようと思うのだが、ミルトレの意見は?」

「俺はそれでいいと思う。異論のある者は!?」


 ミルトレの言葉に、誰も上級生は反論を唱えない。


「よし、ならば決まりだな。どのくらいの期間がいいだろうか?」

「そうだねぇ・・・クルーダスはどう思う?」


 クルーダスと呼ばれた少年が前に出る。こちらは金髪だが、なんとも精悍な顔立ちをしていた。その面持ちに、ジェイクは既視感を覚えるのだった。誰かに似ているような・・・だがそんなジェイクの思考は一瞬である。クルーダスが静かだが、はっきりとした声で話し始めたのだ。


「そうだな、俺としては10日程度が妥当だと思う」

「ふむ、俺は14日くらいでもいいと思うのだがな」

「2人とも優しいね。こういった輩は1月くらいは放り込んでもいいと思うけどな。僕もこんな野蛮人が将来僕に剣を捧げると思うとぞっとしないから、今のうちに性根を叩き直して欲しいんだけどな」


 マリオンがにこにこしながら酷な事を言ったので、ミルトレもさすがに「ひどいな」という顔をしたが、自分の国の人間のことであれば、マリオンに分があるだろう。

 ちなみに懲罰房とは、石畳のベッドが一つあるだけの、何も無い部屋で生活することである。日当たりも良くないし、窓には鉄格子がはまっており、戸も鉄でできており、まさに罪人が暮らすような閉塞感を与える作りになっている。さらには懲罰房に入った者は、朝は食堂の手伝いから始まり、授業が無い時は教官の補佐。放課後は罰則としての厳しい訓練と、その後は便所掃除、食堂の仕込みの手伝い、校舎の掃除など、休む暇もないほど働かされる。実際休日は与えられない。懲罰房に入れば、貴族も平民も関係ない扱いを受けることになるのだ。むろん、これは万一マリオンの様な王族が入ることになっても適応される、グローリアにおける鉄の掟である。身分や地位によって増長する者には、厳しい試練が待っているのだ。


「よし、ならば1月だな」

「そ、そんなひどい! マリオン様!」


 すがるようなめつきで助けを求めるブルンズに、マリオンがとどめを刺す。


「あれ、僕に口答えするの? なら3月だね」

「な、な、な・・・」

「・・・もう連れて行ってやるか。段々こいつが哀れになってきた」


 さしものミルトレも呆れたのか、ブルンズを連れて懲罰房に歩いていく。


「4年生、3人ほど来い! こいつに懲罰房での暮らし方を躾けてやれ!」

「「「了解しました!」」」

「すまないがクルーダス、後を頼めるか? 一応、事の顛末を教官に報告に行く」

「いいだろう、引き受けた」

「すまんな」


 そうしてミルトレは呆然自失となっているブルンズの背中を小突きながら、訓練場から姿を消していった。そしてクルーダスが訓練に戻るように声をかけると、徐々にではあるが、それまでの授業風景に戻って行った。予想外の事態にジェイクもまた少し呆気にとられていると、そこにマリオンとクルーダスが歩いてくる。


「私の国の者が迷惑をかけたね?」

「いえ、そんなことは・・・ありません」

「隠さなくていいよ」


 不満がありながらも、それをマリオンに言うまいと気遣うジェイクに、マリオンが優しく話しかける。


「実は彼らの横暴ぶりは他の学年でも話題になっていてね。僕もさっきは知らないふりをしたが、実は彼の事は知っていたのさ。ミルトレとも、機会がさえあれば一度懲罰房にでも送り込んで、きっちりとここの厳しさを教えておかないと駄目だなと話していたんだ。今回は君がやろうがやるまいが、どのみち彼は懲罰房行きになっただろう。君がやってくれて手間が省けたけどね。それにしてもランドブルッフ子爵は立派な人なんだけどな。どうしてその息子がああなのか」

「はあ・・・で、『彼ら』ということは」


 ジェイクのその鋭い指摘に、マリオンがにやっとする。


「デュートヒルデのお嬢様さ。彼女もまた我儘し放題だ。昼休みに自分の屋敷の執事や女中を学園に連れ込んで、お昼会をやるんだよ? 勝手に学園の中庭を占拠してね。教官達も何度か注意したのだが、正す気配が一向にない。さりとて一国の宰相の娘ともなれば迂闊な事も言えず、結構皆困っているのさ。成績自体は優秀だし、一層タチが悪い。立場からすれば僕の様な身分の者しか対等に話せないだろうけど、それはそれで迂闊な事を言えば余計な外交摩擦が生じそうだしね」

「・・・俺が何とかしますよ」

「ほう」


 その言葉にクルーダスが少し感心した風な言葉を吐いた。


「なぜだ?」

「俺の家族にちょっかい出したんで、そのままにはしときません。だからといって女の子に暴力を使う気はありませんが・・・ああいうのは、自分をちやほやする人間がいなくなったら大人しくなるんじゃないかと思います。とにかく俺達のクラスの出来事なんで、できれば俺達で終わらせたいかなと」

「ふぅん」


 今度はマリオンが感心したように頷いた。


「なるほど。自分達のクラスの中で収めれば、あのお嬢様も面子はまだそこまで潰れないもんね。もし上級生が忠告すれば、あのお嬢様の面子はまるでなくなるだろうと思ってどうしようか悩んでいたんだが、君がいるなら任せてみようかな」

「上手くいくとは限らない・・・限りませんけど」


 ジェイクは王族などと話すのは初めてだったので、言葉遣いがどうにも上手くいかなくてもじもじしていた。その様子を見て、マリオンが楽しそうに笑う。


「君、面白いねぇ。いいんだよ、ここでは王子のマリオンではなく、ただの騎士見習いのマリオンだから。僕もその方が気楽でいい」

「じゃあマリオンさんでいいですか?」

「もちろんいいとも」


 マリオンが優しく微笑んだので、ジェイクは少し緊張が解けた。どうやらマリオンはジェイクが知っているような、嫌な貴族ではないようだ。このようにしっかりした人物もいるのだなと、ジェイクは初めて知った。

 そこにクルーダスが口を挟む。


「あの少年には罰を与えたが、お前にも罰は必要だ。わかるな?」

「はい。防護用の布を巻いていない木剣の柄で、級友である彼の腹を殴りましたから。覚悟はできています」

「うむ、いいだろう。ならば俺がいいと言うまで、この訓練上の壁際を走っていろ」

「はい」


 ジェイクは何の反論もせず、一礼してそのまま走り出す。ジェイクが走り出したのを見ると、マリオンが苦笑した。


「君も厳しいねぇ。事情も全部知っているはずだし、兄さん達にそれとなく彼を見るように言われているんだろ?」

「ああ。だがここでジェイクだけに何の罰もなくては、ジェイクと先ほどの少年の間に禍根を残すだろう。もちろん他の者もジェイクに好印象を抱くまい。悪いのはあの少年で、そのことは彼にも周囲にもしっかり認識させなければならないが、ここでジェイク一人に肩入れするわけにもいかないさ」

「ふふ、さすがラザール家の三男は言うことが違う。そこまで考えているとはね」


 マリオンが楽しそうにクルーダスを見る。クルーダスは何も表情を変えず、淡々としていた。


「だが彼の剣技は群を抜いている。もはや4年でも太刀打ちできるかどうかは怪しいんじゃないかな?」

「そうだな。同学年では思い切り剣を振るえないだろうし、5年以上の訓練に参加させるか」

「ああ、僕も彼と戦ってみたいよ。久しぶりに背筋にぞくっときたからね。君やミルトレと練習する時の様な感じさ」

「ふ、王子のくせに変な奴だな、マリオンは」

「僕は剣が好きなんだよ。強い人間も、懸命に努力する人間もね。彼の様な人間が自分の騎士にいればと思うわけさ。決して戦いが好きというわけじゃないんだよ?」


 クルーダスの言葉に、マリオンは苦笑いをしながら言い訳をした。そして、2人は訓練場の壁際を黙々と走るジェイクを、それぞれの思いで見つめるのだった。



続く


次回投稿は、5/10(火)12:00です。

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