戦争と平和、その604~解ける封印㉔~
【深淵に降り積もる永遠の腐土よ、わが呼び声に応えよ。汝の名前は快活な暴食なり】
《沈殿する臆病者》
「ならびに」
【闇の縛鎖、深淵の牢獄、宵闇の亡者たち。名もなき絶望よ、光を恨めよ】
《常闇の牢獄》
アルフィリースの詠唱と共に、ウッコの周囲に闇色の牢獄が立ち上がり、同時に頭上に黒い穴がぽっかりと開いて、そこから闇色の泥がずるずると這い出してきた。
それを見てライフレスは興味深そうに目を輝かせ、中層の管理者は辟易した。
「ほぅ、面白い。指定範囲に何でも食らう暴食の生物を召喚するのか。しかも上と下の闇で空間を繋げて、循環させているのか?」
「ま、そんなところ」
「ちょっと、その生物はまずい! 残したら掃除が大変なんだよ、知ってる?」
「だから今まで使わなかったのよ。なんでも、生物を取り込んだり物理的に衝撃を与えると、山ほども大きくなるかもしれない粘液生物なんですってね。だから怖くて地上では使わなかったって」
「知ってて放つなよ! 後始末するのは誰だと!」
「頑張って」
中層の管理者が怒って床を踏み鳴らしたが、アルフィリースはそんな様子をくすりと笑ってやり過ごした。その様子を見て、ライフレスは高らかに笑う。
「ははは、面白い女だ。やはりお前はこちら側の人間だよ」
「それどっち? 悪党、それとも英雄?」
「知りうる限り、英雄の半分以上が悪党だ。敵がいなければ英雄は生まれず、より多くを倒した者ほど名を成した。例外もいるにはいるが、俺の言っている限り英雄と呼ばれた連中の大半が戦闘狂だ」
「戦いを否定はしないけど、戦闘狂ではないつもりよ!」
ウッコがスライムに襲いかかられ、反射的に絶叫して火を噴いた。火の輝きを受けながら、アルフィリースの答えはウッコの絶叫にかき消される。
ライフレスが静かに笑った。
「ならば、貴様は真の英雄になるか、あるいは見たこともないほどの悪辣な存在になるのだ」
「魔王ってこと?」
「王とは支配するものだ、お前は支配はせぬだろう。一人で探求するか、全てを破壊する者にしかならぬ」
「それ、褒めてる?」
「これからの貴様次第だ。物珍しいとは思うが」
「なにそれ、珍獣扱いってこと?」
「はっはっは」
ライフレスが笑いながら、頃を見てデッドライジングを放った。光球がせり上がる闇の檻の上から侵入する頃、ちょうど檻が塞がり、内部で光が爆発した。瞬間、スライムが膨張しようとして召喚魔法陣に方に吸い込まれていく。
それを見てライフレスが頷いた。
「異空間からの召喚魔術と繋げているせいか、熱も光も檻からは漏れぬし、膨張したスライムもあふれ出しもせぬ。そうか、こんな方法があったか・・・」
「でも、これほどの魔術と魔法を同時に扱うのは無理よ。集中力の問題もあるし、発動までのタイムラグもあるわ。実戦的じゃない」
「お前の考え方が実戦的すぎるのだ。とりあえずは成功させるかどうかが問題だろう」
「それは研究者の発想ね」
「話が盛り上がっているところをすみませんが、あれで死ぬのでしょうか?」
ティタニアがアルフィリースとライフレスに話しかけ、2人は視線をウッコに戻した。2人とも渋い顔で、肯定とも否定ともとれない反応を示した。
「やれ・・・るといいけど」
「破壊力だけなら最高の持ち札だ。これで死んでくれねば、遺跡の崩壊覚悟で戦うしかなくなるな」
「なるほど、自信がないと」
「俺は自分の魔法に自信を持っているが、自意識過剰ではない。初めて相対する者を相手に、確実にどうのなどということは言えぬ。検証が足りぬからな」
「心配しなくても、おかしなことがあればリサが知らせてくるわ」
「ふん、あの娘がそれほど優れたセンサーか?」
ライフレスがちらりと見たリサは、額に汗を浮かべてウッコの気配を探っていた。その強大な魔力の塊から核を探ることは、例えるなら山一つの中から石ころ一つを探し当てるに等しい。しかも山は大人しくない。絶えず動きながら荒れ狂い、しかも外からは山を崩さんと絶大な衝撃と魔術の塊が向かっているのだ。
リサの額には大量の汗が滲んだ。その様子を中層の管理者が横目で窺う。
「(勢いと期待を込めて任せたけど、できたら人間の中では10指に入るセンサー能力だよねぇ。ま、できなきゃできないで、考えはあるけどさ)」
「・・・わかりました」
「え、もう?」
予想外の返事に、素っ頓狂な声を上げる中層の管理者。リサは目を閉じたまま、指でウッコを指さす。
「・・・今は右肩、男の方の首の付け根付近をせ中に向かって移動中です。移動速度はそれほど早くありませんので、肉を削っていけば必ず核を攻撃できると思います」
「へぇ~よくぞあれだけの攻撃の中で探り当てるもんだ。ちょっと君のことを過小評価していたかな? 弱点さえわかれば、すぐにでも終わらせて――」
「ですが、一つまずいことが。さきほどのアルフィリースとライフレスの攻撃、想像以上に有効だったようです。ウッコが怒りました、本気になりますよ?」
「へぇ? なんだってそんなこと――」
「来ます」
リサが目を開けると同時に、アルフィリースの闇魔術にひびがはいった。それと同時に、中からは赤子のような鳴き声が中層に響き渡ったのだ。
続く
次回投稿は、10/22(木)17:00です。