戦争と平和、その602~解ける封印㉒~
「責任重大ですね。ですがきっちりしっかりやり遂げてみせましょう」
「頼もしいねぇ。じゃあ始めるよ~」
中層の管理者が魔力を解き放つと、一体にはある程度のマナが満ちた。魔術の心得のある者は、これだけの魔力が中層の管理者から放出されたことに驚いたが、そんなことを考える間もなく管理者がウッコに攻撃を仕掛ける。
「さて、ウッコとアッカは元は一つの生物。ということは、雌雄同体かつ、単体での生殖が可能って説明に書いてあったけど、増殖されると厄介だ。まずはその動きを封じさせてもらおうかな」
【閉じよ閉じよ、円環よ閉じろ。閉じた中にて永遠に迷え】
《幻想迷宮》
ウッコの周りに巨大な光の輪が浮かんだかと思うと、突然ウッコが光の輪の中をぐるぐると回り始めた。その表情は恍惚としているようでもあり、何かに狂ったように目が血走っていた。
さらに中層の管理者が魔術を紡ぐ。
【満ちよ満ちよ、円環の中に満ちよ。這いずる泥よ、踊れ。迷い人を引き摺り込め】
《乾かぬ泥濘》
光の輪の中の地面が揺らぎ、泥へと変化してウッコの脚が沈む。膝までずぶずぶと沈みながら、それでもウッコは走り続けた。
中層の管理者の魔術を見て、ディオーレが唸る。
「(あれほどの規模の魔術を、たったあれだけの詠唱で実現するとは。しかも詠唱から起動までがやたらに早い。魔力の量だけではなく、相当な力量の魔術士だな、こやつ)」
「加減が難しいんだよね、この魔術。泥にしすぎると攻撃役も動けないし、丁度ウッコの重量なら膝まで沈むくらいで構成できたと思うけど。さて、しばらくウッコは自分だけに見える楽しそうな迷宮に挑み続けるはずさ。今のうちにやっちゃって!」
「――そうはさせないわ」
チャスカがウッコを助けるべく動き始めた。だがその背後から、ヴァイカが飛びかかったのだ。
「チャスカ、貴様の悪行もそこまでだ!」
「鬱陶しいわ! いつかその顔を恐怖で引きつらせてやろうと思ってたのよ!」
ヴァイカの攻撃は、二歩で音速に達する。自らが持つ大剣と、周囲を飛ぶ8本の刃で、多角的に攻撃を仕掛けるのだ。常人では反応すべくもないその攻撃を、時を制御するチャスカは何なく見切って躱す。
そしてあべこべに、ヴァイカの刃の方向性を変えて、ヴァイカの進路に置いてやる。
「自分の刃で切り刻まれるがいいわ!」
「生憎と、そうはならない」
ヴァイカの刃がヴァイカの表面を滑るように避けていった。不可解な軌道にチャスカは呆気にとられる。
「何ですって・・・いえ、引力と斥力なのね!」
「ご名答、これがあるから多数の武器を軽々と同時に扱える。それに高速移動も。そして――」
軽い衝撃の後、チャスカの腕が突然ぼとりと落ちた。背後から飛んできたヴァイカの刃が、チャスカの腕を落としたのだ。
チャスカが冷や汗をかきながら、その腕の時間を戻してくっつける。
「なんで――武器は止めておいたはず!」
「周囲を見るがいい」
ヴァイカの周囲にあるのは8本の刃。だが空中を不規則に動き回るのはその三倍以上の刃。チャスカはヴァイカの能力と得意戦法を見誤っていた。速度に乗った自身と武器の一斉突貫が得意だと思っていた。だが違う。これは――
「どちらかというと、限定空間での戦いの方が私は得意だ。いかにお前が時間を数瞬止めようと、周囲を高速で不規則に動き回る刃を全て避けることは不可能だろう。私の意識の下にない刃もたくさんあるぞ?
今は腕が落ちたから治せたが、首が落ちても治せるのか?」
「こ、この――」
「斥力がある限り、お前は私に触れられない。斥力は時間操作とは無関係の能力だ。これで私の勝ちは決まり。まだやる?」
「ぐ、うぐぅ」
チャスカが追い詰められた表情でその場に跪き、背後ではヴァトルカとジェミャカが顔を見合わせて、いつその場を離れるか悩んでいた。
そしてウッコは――
続く
次回投稿は、10/18(日)17:00です。