戦争と平和、その600~解ける封印⑳~
こんな魔力の持ち主がいれば確実に魔術協会の検索に引っ掛かっているはずだが、どうやって逃れたのか。相手は若い男のようだが、年齢から検索すれば魔術協会に調べた痕跡くらいはありそうだ。
「(放っておくには危険すぎる・・・これほどの魔力、総量でブラディマリアやライフレスをゆうに凌いでいる。さきほどのレーヴァンティンと魔法の衝突に割って入ったのもこいつだった――これほどの魔力、隠して生活できるものなのか?)」
「――?」
陽炎のような男が語り掛けてきた。テトラスティンはそれを聞いて驚く。
「――私を見逃すと? それでいいのか?」
「――」
「ふん、どうせ何もできないと踏んだのか。自信過剰のようだな」
「――?」
「不死者を封じる方法はいくつもあるぞ? 試してみないのか?」
「――」
「面倒くさい、か。そう言うなら、遠慮なく逃げさせてもらう」
テトラスティンは転移魔術を起動して逃げようとしたが、陽炎の男は動く気配はない。ヘードネカはこれでいいのかとおろおろしていたが、陽炎の男は微動だにしないままだった。その余裕たっぷりの態度を見て、むしろテトラスティンの方が不安になり、緊張したその表情のまま転移していった。
残されたヘードネカが陽炎の男に問いかける。
「これでよかったの?」
「――」
「片割れがいなかったから、ひょっとして封印すらできずに手の内を晒す可能性があったって? そうなんだ・・・」
「――」
「え、知り合いなの? そっか、なら気付かれる方がまずいのか」
「――」
「そうだね、番のあなたがそう言うなら私は従うけど・・・あなたが主に怒られない?」
「――」
「主じゃなくって、対等な関係だって? まぁあなたに勝てる奴がこの大陸にいるなんて思わないけどさ。それより下層の復旧が最優先なんでしょ? それまで天の火だって使えないわけだし。何年も復旧しないんじゃ、まずいんじゃない?」
「――」
「え、当てがあるって?」
陽炎の男が耳を貸せとヘードネカに告げる。そしてその当てなるものを聞いたヘードネカは、あんぐりと口をあけていた。その美人が台無しな表情を見て、陽炎の男が笑うのがわかった。
「・・・悪い人だなぁ。私、とんでもない人を番に決めちゃったかも」
「――」
「え、今更だって? それに何――残念美人って何さ!」
「――」
「黙っておけば可愛いって? 余計なお世話ですよ、ふん!」
むくれてそっぽを向くヘードネカを見て、陽炎の男はまたしても笑っていた。
***
「あわわわ・・・ヴァトルカ。どうすんのさ、これ」
「ジェミャカ、祈ったことはありますか?」
「ない。私たちは、そもそも祈る対象を持ち合わせていないもの」
「そうですよね。私も同じです」
「つまり?」
「やることがない。そういうことです」
「身も蓋もないことを言うなぁ!」
ヴァトルカの肩をがくがくと揺らすジェミャカ。目の前には、全盛期の力を取り戻したウッコ。炎の六枚羽を羽ばたかせ、地面をどんどんと踏み鳴らすと地揺れが起きる。尻尾はまるで槍のような鋭い羽毛を持ち、尻尾を一振りすると毛がまとまって、刃のようになり、周囲の構造物をあっさり両断した。
ジェミャカとヴァトルカは頭をかがめてそれらを回避したが、ここにいてはいつ殺されてもおかしくない。そんなウッコを見て笑っているのは、チャスカだった。
「うふふふふ、うふふふふ。これが見たかったの」
「な、何してんのさ、チャスカ姉様。目的を果たしたのなら、さっさと逃げようよぉ」
「ダメよ、これから世界が滅ぶさまを再現するのだから」
「姉様、あなたは一体何がしたいのです」
「私ね、触れても壊れない確かなものが欲しいの」
チャスカはこれほど饒舌に話す戦姫ではなかったはずだが、余程興奮しているのか。弁舌さわやかに、チャスカが語る。
「私の能力を知っているでしょう? 時を動かす私の能力は、戻すも勧めるも自由自在。ただその制御が難しいから、同じ戦姫以外が相手では暴走してしまうわ。花を愛でたくても、触れば枯れる。鳥と一緒に歌いたくても、近寄れば腐って落ちる。番を見つけても、触れれば死んでしまう。私は私をそのままでいさせてくれる相手を見つけたかった。
そんな時、このウッコのことを知ったの」
「どこで?」
ヴァトルカの問いに、チャスカは応えず嗤い続けていた。その光景を見て、ジェミャカは気付く。我々の一族が頼みとしていた最強の戦姫の一人は、とうの昔に壊れていたのだと。
「魔人と古竜の総数を九割屠った伝説の大魔獣。こいつなら、私の望みをかなえてくれるかもしれない」
「そんなわけないじゃん! 絶対にイってるって、あの目つき! 知性の欠片もない! みんな死んじゃうよ!」
ウッコの二つの頭が変形し、人間の男と女の顔になる。その表情は美しく精悍で、まるで精巧な美術品を見ているのかと思ったが、目をかっと見開き笑った瞬間、それが狂人のものだとジェミャカとヴァトルカは震えあがった。
チャスカだけは、その目つきを見てさらに笑っていた。
「うふふふふ、いいわ、いいわぁ! さぁ、存分に暴れなさい。そして私も世界も壊してしまって!」
「いやー、ちょっとそれは困るねぇ」
チャスカの狂ったような笑い声を軽薄な口調で否定したのは、中層の管理者だった。彼は手に荘厳な杖を持ち、後ろに仲間たちを引き連れてこの場所に現れていた。
続く
次回投稿は、10/14(水)17:00です。