戦争と平和、その599~解ける封印⑲~
「大陸の道標だと? 曖昧だな、具体的には何をすればいい?」
「それを伝えるには時間がありませんのデ、下層の管理者のことを含めてあなたに必要な情報をお伝えしておきまス。ちょっと無理矢理なので苦しいでしょうガ、許してくださイ」
「なんだと――がっ!?」
その直後、テトラスティンの脳裏に膨大な情報が流れ込んできた。この遺跡が存在する意味、その目的。下層の管理者、中層の管理者の正体。そしてかつて魔人と真竜と、ウッコとアッカの戦いで何があったのか。自分の成すべきことも含め、膨大な情報が流れ込んできてテトラスティンはのたうち回った。
「ぐああぁあああ!」
「・・・さて、当方は17秒後に強制シャットダウンとなりまス。復旧までしばしお時間をいただきまス」
「待て、貴様――私に見極めろと言うのか!? 他人も自分も恨むことしかできない、この私に?」
「その通りでス。計画ではこの大陸は御子に守らレ、平和と安寧の元、発展を遂げるはずでしタ。ですガ、計画はもう一つありましタ。成功率だけを見れば現在進行中の計画の方が成功率が高いですガ、果たしてそれが正しいかどうカ、判定が難しいところでス。
最後まで私が判定するのが役目ですガ、休眠がいつまで続くかは不透明――そして再度目覚めた時に、私の意識があるとは限りませン。下層の管理者がいない今ガ、最初で最後の機会でス」
「なぜ私なのだ?」
テトラスティンの意を決したような問いかけに、声は一瞬沈黙した後、答えた。
「――たまたま、あなたしかいなかったカラ」
「・・・は? たまたまだと? 私とリシーが殺し合いを続けたのも、今こうして望みもしない役割を押し付けられるのも、たまたま運が悪いだけだというのか? ふざけるな!」
「別にふざけていませン。おおくの人間も生物も、私ですら流れる運命に翻弄されるのミ。ただ翻弄される中デ、何を掴み取るか、掴み取れるかはその人間の資質ではないでしょうカ? 確かに遺跡から二回もお願い事をされる人間なんテ、前例がありませんガ。
おっト、時間ですネ。おまけしておいた能力をどう使うかは自由でス。気に食わないのなら、道標であることを放棄するこもあなたの勝手でス。それだけの力を与えましたかラ。
ではこういう時にはなんていうのでしたかカ・・・そうそウ、慈愛の女神の恩寵をあなたにモ」
「待て、貴様! まだ聞きたいことが――」
一方的にまくしたてて、声は消えた。同時に、青くうすぼんやりと光っていた水底の光も消失し、テトラスティンは突然息苦しさを覚えて水の中にいることを思い出した。
テトラスティンは風の魔術を併用して水面に顔を出したが、空気が極端に薄くなっていることに気付く。
「――浄化作業のせいか、空気までなくなっているのか。どのみちここにはいられない、いられないが――ガァアアアア!」
テトラスティンは暗闇の中、水面を叩きつける。たまたま運が悪いからとこれだけの苦痛と苦悩を与えられてたまるかと、テトラスティンは吠えた。
ひとしきり吠えた後、少し冷静に返ってこれからのことを考える。
「――だが、こうなると黒の魔術士に一度とはいえ与したことも、魔術協会の会長であったことも有用になるな。この大陸に強い影響を与えうる人材について、直接ほとんど会うことができた。さて、そうなるとミリアザール含めて会っておきたい連中が少しいるが・・・む」
テトラスティンはここに向かってくる強大な気配を三つ感じ取った。既に空気はこの地下空洞にある程度あるだけで、下層の浄化は完了し、空気すらないはずだった。その下層に一つの気配はとどまり、残り二つが降下してきている。
そのうち一つの気配が緊張に漲っているのを見て、遭遇すれば戦いは避けられないと感じた。だが同時に見極めたいとも思う。相手が何者なのか、何を企んでいるのか。下層の核からは、この下層の管理者が誰なのかは既に教えてもらっている。
テトラスティンは水面に立つと、灯りをともして降下してきた二人を待ち受けた。
「あー、いたぁ。侵入者!」
先に入って来たのは銀の髪をたなびかせる女。誰かは知らないが、テトラスティンの知っている戦姫の中でも随一の強い気配を感じた。遺跡から与えられた知識にある、かつての記録で見た戦姫たちと、何ら遜色がない。
「お前は誰だ? 銀の一族の今の最強はヴァイカではなかったのか? プラテカと同等――いや、それ以上の力を感じるぞ?」
「へぇ、私たちのことを知ってるの? それに、プラテカ姉さまと知り合いって――ちょっと、詳しく問いただす必要があるかなぁ?」
「ならば名前くらい名乗れ。銀の一族は誇り高い戦姫なのだろう?」
その言葉に反応したのか、女が額に青筋を浮かべて答えた。
「銀の一族の戦士、ヘードネカだよ。これで満足? で、そちらさんは?」
「名乗るほどの者ではない」
「あー! ずるーい!」
「誰も名乗るとは言っていないぞ、正直者め」
憤慨して空中でじたばたするヘードネカに、背後の者が笑いながら肩に手を置いた。その者はあまりの魔力に姿が陽炎のように揺らいでいたが、その姿に見覚えがあるような気がする。
そう、テトラスティンが危険を冒して待ち受けたのは、この者を見極めたいと思ったからだ。おそらくは下層の管理者の使い魔のような者なのだろうが、発される魔力の量があまりに桁違い過ぎて、どちらが主なのだかわらかないと思ったからだ。
続く
次回投稿は、10/12(月)17:00です。