戦争と平和、その597~解ける封印⑰~
「なるほど・・・人間は脆弱ゆえに協力するのでしたね。いかに素材、武器・防具全てが使徒としての能力を十全に発揮できないとはいえ、この敗北は計算外・・・少年の能力を計測しきれなかったのも想定外でした。ですがその特性ありきの能力ということは把握しました。情報は共有させていただきましょう」
ディエナの残骸が液体へと姿を変え、下層のさらに下、核がある部分へと這いずっていく。その動きを予測できず、一同が一手遅れたと思った瞬間だった。
「ああっ!」
「あなたがたのことは理解しました。危険度も更新。しばしの休眠期間の後、十分な戦力と対策を持って相対することとしましょう」
「そうはさせない」
液体に姿を変えて逃げようとするディエナの体が凍る。下層のさらに下へと続く経路を自らの体で塞ぐように、導師アースガルが立ちはだかっていた。
「な・・・放しなさい、人間の魔術士よ!」
「お前が何者かは知らないが、遺跡から生み出され、人間と自然の敵ということは理解した。さきほどの魔法――ただのオドの塊のはずなのに、精霊が泣いていた。あんな力の使い方は、誰も望んでいない。魔力を破壊のためだけに使うなど、間違っている」
「力は力、使う者次第でいかようになりましょう。私とて破壊のためだけに使うわけでは――」
「その力は過ぎたるものだと言っている!」
アースガルがディエナを行かせないようにさらに凍り付かせた。危機を覚えたディエナが体を硬質化させ、アースガルの体を貫く。
「放しなさい、死にますよ!」
「――それでも行かせはしない。どうせ土地を離れた導師は死ぬのだ。ここで死んでも――」
「くっ、死兵か。厄介な。ですが力を持ちすぎというのであれば、その力を十分に理解した御子の方が余程危険です。上にはその一人がいる。なぜその危険性を直視しない?」
「あの子は大丈夫だ。その力を貴様の様に理屈をつけて無意味に行使することなど決してしない。あの子は心優しい子だ――」
「優しさが世界を滅ぼすことだってある!」
ディエナの体がさらに何本もの刃に別れ、アースガルを貫いた。ノーティスが叫ぶ。
「アースガル!」
「――友よ、後を――」
「ええい、どけと言うのに!」
「僕が!」
「だめ、レイヤー。レーヴァンティンではこの人が死んでしまう。私がやる」
レーヴァンティンでアースガルごと攻撃するかどうかを迷っていたレイヤーを差し置き、ルナティカがディエナに刃を突き立てた。その一撃が正確にディエナの核を貫き、ディエナの表情が驚きに包まれた。
「あなた――どうして流体の私の核を貫けるの?」
「知らない。わかるようになったとしか」
「あなた、複数の王種の能力を発揮して・・・いえ、王種の能力を踏み台に覚醒して・・・なんて、き、けんな・・・人間と・・・いえ・・・人間・・・?」
ディエナがルナティカとレイヤーを見比べながら、徐々に形を保てなくなりずるずると崩れていった。その瞳が、最後にレイヤーを捉える。どうやら最後までスキャンをしているようだった。
「・・・解析終了・・・なぁんだ・・・あなた・・・私たちの・・・な、かま・・・」
「ふざけるな、お前たちの仲間なんかであるものか。僕は人間だ!」
「・・・人間だけど・・・人間になりきれない・・・すぐに、気付く・・・あなたは人間の隣では・・・生きられない・・・わ。なんて・・・残酷な、せ、かい・・・」
そのままずるずると崩れ落ちたディエナはもう何も言わなかった。そして刃となったディエナの体が崩れたことで、アースガルの傷口からひどい出血が始まった。
「アースガル!」
「導師殿!」
ノーティス、グウェンドルフ、そしてシェバがその傍に近寄る。魔術士として研鑽を積んだシェバは、直接の交流はなくとも導師のことを尊敬していた。その魔術を用いてなんとか止血をせんとしたシェバを、アースガルが止めた。
「よい・・・転移魔術のために保存しておきなさい」
「しかし!」
「私の持ち物は君が持っていきなさい。魔術士なら有効に使えることもあるだろう・・・その代り、一つ頼まれてくれるかね?」
「なんなりと」
「アルフィリースを助けてやってくれ。どんな形でも構わない、やり方は君に任せよう」
「・・・しかと」
シェバは少し答えあぐねたが、アースガルが長くないと知って頷いた。本来ならアルフィリースとは敵対すらする可能性があったが、それを知りつつシェバが頷いたことで、エネーマとライフリング、そして弟子四人はシェバの覚悟を知った。
アースガルがノーティスとグウェンドルフを呼ぶ。
「ノーティス」
「ここにいる」
「残りの導師たちは信用するな」
「どういうことだ?」
「あいつらはほとんど全員がオーランゼブルに同調している。そうでなければオーランゼブルのやっていることを知っていて、無視を決め込んだ傍観者だ。かつての私のように。
それどころか、魔女の団欒の情報をオーランゼブルに漏らした可能性さえある」
「なんだと?」
「そうなると、フェアトゥーセ、ひいてはサーペントのことは――」
色めき立ちかけるグウェンドルフを、アースガルは肯定する。
「間接的には仇、ということになるかもしれない。私もアルフィリースに出会ってからここに来るまでに、何度か彼らと連絡を取って感じたことだ。私はターラムで長らく人間と接しすぎたから、最初から仲間外れにされていたのさ。それはつまり、導師たちは既にこの大陸の人間を見限ったということだ。だがそれは導師の本来のあり方ではない――せめて彼らが中立であれば、まだこの大陸やオーランゼブルはこんなことにはなっていないはずなのに・・・彼らの罪は重い。もっとも、彼らは人間の方をこそ、罪深いと思っているだろうが。
グウェンドルフ、だが彼らを責めるな。今彼らを責めるのは得策ではない。アルフィリースに・・・御子に任せろ。アルフィリースが御子の力全てに目覚めれば、どのみち彼らはアルフィリースに従う。導師とはそういうものだ」
「・・・だが!」
「堪えろ、お前に必要なのは忍耐だ。これ以上の犠牲者を出したくなければ、自分の怒りは飲み込め。
さて、話し疲れた。そろそろ静かにさせてくれ・・・やはりミーシャトレスの予言の通りか。まぁ、だが悪くないな。満足する死を迎えられそうだ」
「友よ、逝くのか」
ノーティスがアースガルの手を取った。微かにアースガルが笑う。
「そう悪くない・・・死ねば導師はマナの循環に還る・・・それだけだ」
「――また一つ、寂しくなるな」
「長く生きればそれだけ喜びと寂しさがある・・・ようやく理解したか」
「最初からわかっていたさ。だから他人との関わりを断っていたんだ」
「ひねくれ者め・・・ではな」
「ああ」
そう言って動かなくなったアースガル。その周囲を悲痛な沈黙が包む。だが一人だけ、違う者がいた。テトラスティンである。
続く
次回投稿は、10/8(木)18:00です。