戦争と平和、その596~解ける封印⑯~
「(ああ、なんだそういうこと――随分と我が主はご立腹だったから、誰一人生かすつもりもないのかと思っていたけど、逆なのね。でも、その結論は正しいのかしら? 今その検証はできないけど、疑問に思った連中がいたからレーヴァンティンを持ち出して――だけど、誰が? 真竜や魔人ごときじゃあそんなことは――)」
その疑問に正確な答えを出すだけの能力と時間をディエナは有していなかったが、せっかく顕現したのだから、その検索をしてみようと考えた。だが、
「逃げるな!」
「ええっ?」
レイヤーが、出力を使い果たしたレーヴァンティンで攻撃してきたのだ。確かにレーヴァンティンの素材の強度は今の体を上回るだろうが、それにしても無駄な行動だ。魔術の均衡がもうすぐ壊れ、人間が一瞬で粉々になるほどの衝撃波が襲ってくるだろうに、そんなことをしている場合ではないはずだ。
幸いにして浄化作業が発動しているせいで中層以上に直接的なダメージは少ないだろうが、下層は保護のために休眠状態に入ることが想定される。核は休眠し、精霊が集まることはなく、空気も食料もない死の空間となる。
今一番に考えるべきことは、そこの真竜たちと協力しての脱出することだろうとディエナは考えていたので、レイヤーの思いがけない行動に完全に虚を突かれ、剣を受け止めるのが精一杯となった。
「これだから合理的じゃない人間は!」
「頭は良くないんだよ! だけど、お前は逃がさない!」
「私はレーヴァンティンの敵であって、君の敵かどうかは決まってないわ! それに人間だって、保護の対象よ!」
「とても信じられんな」
レイヤーの背後からの声に、ディエナがぎょっとした。今までまったく感知していなかった存在。浄化作業が始まり、魔法を射出した後で多くの機能が停止しているせいもあるが、相手はこの時に備えておそらくはじっと隠形していたとしか思えない間合い。
体に上位精霊を縛り付けるという邪法を行ったテトラスティンと、その力を分け与えられたリシーが突然襲い掛かってきたのだ。
「先程の魔法、大陸殲滅用だとぬかしていたか? 人の生殺与奪の権利を握りながら、あなたたちを守るつもりです、だと? 傲慢にもほどがあるぞ、貴様」
「この人と同じ考えは癪だけど、それは同意」
「何者!?」
「名乗るのも面倒だ、死ね」
ディエナがちぎった腕を一瞬で再生させ、さらに手の本数自体を4本に増やす。レイヤーの剣を水の剣で受けながら、リシーの剣とテトラスティンの拳を同時に防御した。
「ち、形状は自由か。液体でできているとか言っていたな」
「テトラ、電撃で私ごと攻撃!」
「わかっている」
リシーが突然剣から手を離しディエナにしがみつくと、テトラスティンはリシーごと雷撃の魔術で攻撃した。
驚きの攻撃方法を躊躇なく選択したことで、ディエナの反応がまたしても遅れる。その一瞬で、明暗が分かれた。
ディエナはリシーの正体を探るべく、スキャンを行ったが、その間にシェバがテトラスティンに助言をする。
「テトラスティン、そっちじゃないよ! その坊やの剣に全魔力を注ぎな!」
「ふむ?」
「この娘――? そっちの魔術士も? お前たち、遺跡の影響を受けた不死者なの?」
シェバの言葉に反応したテトラスティンはレーヴァンティンの柄に触れて全魔力を注ぎ込みながら、ディエナの言葉に反応した。
「わかるのか?」
「無論。それじゃあ死ねないでしょう? 死に方を教えてあげましょうか?」
「なんですって?」
「それは――」
「ディエナ!」
テトラスティンが注いだ魔力で、レーヴァンティンが再点火する。それはレーヴァンティンが本来持つ力からはかけ離れた出力だったかもしれないが、リシーにしがみつかれて電撃を流され続けているディエナは、新たな行動を繰り出すことができない。
そこにレイヤーが再び居合の構えをしていた。
「(さきほどの一撃で、情報は修正された。一撃だけなら好都合、確実に耐える!)」
だがディエナの確信は、目の前で裏切られた。レイヤーに後ろから触れて魔術を唱える女たちが目に入ったのだ。それが金属性と聖属性の補強魔術、それに何かしらの薬剤を口に含んで身体能力を底上げしていると瞬間理解すると、ディエナ自身も思いがけない言葉を口をついて出てきた。
「に、ん、げ、んどもぉおおおお!」
「ぶちかませ、、少年」
「私の魔術の効果は保障するわ。おおよそ二倍の身体能力よ」
「薬の効果は踏み出して一歩目が最大だ。間違えるな」
「そのタイミングで私たちの魔術も作動するぞ」
「リシーは不死身だ、リシーごとやってしまえ!」
「おぉおお!」
ヴァルガンダ、エネーマ、ライフリングの補助を受けて、さらに白藤とガルチルデ、クランツェの助言がある。レイヤーは全力で地面を蹴り、ディエナに斬りかかった。
レイヤーが一歩で目の前に出現する。そしてディエナ目前で一歩を踏むと、その瞬間、筋肉が爆ぜたように体が熱くなるのを感じた。世界がゆっくり流れる。ディエナの動きが止まって見える。そして足元が爆発で崩れ、その肩や膝のしがみつく大地から出現した腕。シェバの弟子三人がかりの魔術でディエナの反撃を封じたのだ。
レイヤーの目の前に、勝ち筋が光って見えた。そしてそれを可能とする身体能力が追いつくのを感じる。レイヤーにとっても初めての感覚だったが、問題なく乗りこなす確信があった。
「うぁああ!」
ディエナの視界には、まるでレイヤーが残像を伴って斬りかかってきているように見えた。そしてテトラスティンの言葉通り、リシーの存在など無視して無数の斬撃を繰り出すレイヤーを確認した。
ディエナは自分の体が軽くなるのを感じたが、それが八つ裂きにされたゆえと理解するのを演算が拒否しているように思えた。
続く
次回投稿は、10/6(火)18:00です。