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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ジェイクの新しい生活、その4~仕返し~

 ルースと相談した後、ジェイクは何事もなかったかのように教室に帰った。まだ授業は始まっていなかったが、そこにラスカルとロッテが話しかけてくる。


「おい、ネリィは大丈夫か?」

「ああ、問題ないよ」

「でもずぶ寝れに・・・」


 ロッテが心配そうに自分の服の胸元をつかむ。いつもはやや軽薄なラスカルも、真剣な面持ちだ。


「あいつら・・・やるにも限度ってものがあるぞ!」


 ラスカルがきっと貴族たちの方を睨むが、ジェイクが止めた。


「やめとけよ、ラスカル。こんどはお前まで狙われるぞ」

「だけどよ!」

「心配するな。俺もこのままでは終わらせない」


 そしてラスカルは、ジェイクの瞳に確かな怒りの炎が宿っていることに気がついた。だが逆に心配にもなる。ジェイクが早まったことをするのではないかと思ったのだ。いくら貴族が悪くても、庶民が貴族に手を出すことはあってはならないのが大陸の東では暗黙の了解である。庶民には、決闘すら申し込む権利が無い事がほとんどなのだ。


「どうするんだよ?」

「合理的に復讐する。午後は剣技の訓練だったよな?」

「ああ、上級生が監督するやつだな」

「よし・・・」


 ジェイクが貴族の男達をそっと見る。全体のリーダーはデュートヒルデだが、男のリーダー的存在は、ブルンズという体の一際大きい少年だった。貴族としてはそこまで位が高くないようだが、腕っ節が強そうだ。その分頭はそこまでよくないのか、ジェイクよりも歳は一つ上なのに、まだこのクラスに留まっているのだ。

 その情報をどこで手に入れたのかと言うと、全てルースの下調べである。ルースはこの学園に来るなり、自分の級友とジェイクの級友の全員の経歴を調べ上げ、それぞれの弱みを探していたのだ。さすがはリサが仕込んだ子どもとも言えるが、これはルース本人の性向とも合っていた。またスラムの様な下町で生き延びるために身につけた知恵とも言えるかもしれない。

 そのルースいわく、


「おんなはぼくにまかせろ。せいしんてきに、てっていてきにおいつめてやる。だからじぇいくはおとこをやるんだ」


 だ、そうだ。ルースがどうやるのかはジェイクはあえて聞かなかったが、ルースはやると言ったらやる人間だった。それは物心着いた時からそうであり、出来ないことははっきり出来ないと言うのだ。その点ではルースは非常に信頼できる。もっとも悪ふざけの方向がたまにこっちに向かってくるのは、ジェイクとしても勘弁してほしかった事は幾度となくあったのは、記憶に鮮明だった。

 そしてジェイクはルースの入れ知恵と、自分の考えたやり方で反撃するつもりだった。とかく群れる連中は、頭を潰せば脆い。ジェイクは午後の授業に備えて、ゆっくりと怒りと力を溜めこんでいくのだった。


***


 そして午後の授業。


 4~6年のクラスの人間が監督しての、武術の練習である。武器を扱う戦士系の生徒は実践を交えながらの指導を上級生から受け、魔術士系統の生徒は護身術を教わる。上級生としても、ここで指導の実力を問われるため必死である。既に現場に出る事もある彼らにとって、授業といえど将来の戦力、あるいは自分の部下となりうる者を指導しているようなものである。自然、指導にも熱が入る。


「オラァ! なんだ、そのへっぴり腰は!? やる気あんのか、貴様ぁ!」


 その中でも一際柄の悪い声を発するのが、全体の責任者のミルトレである。彼は既に6年の中でも実力者として名を馳せた存在である。今までに3度の実践を経験し、孤児出身であるにもかかわらず、彼は卒業後に神殿騎士団への配属が内定している強者である。今回の授業もやり方、監督を含め教官から一任されている。その彼が怒声を張り上げている。


「そこのひょろひょろ! ダンス踊りに来てんじゃねぇんだぞ!? もっと重心は低くしろ!」


 ミルトレが2年の肩を押さえて重心を下げさせる。彼は口こそ荒く、指導も厳しいが決して理不尽な暴力は振るわない。その分、愛のムチを存分に振るいはする。

 そのミルトレの厳しい訓練に、1~3年生は悲鳴を上げている。監督・指導役の上級生達は苦笑いをしながら互いを見ているが、ミルトレには意見すればするほど逆効果となるので、誰も反論しなかった。その訓練に一人淡々と付いていくジェイク。日々アルベルトやラファティに鍛えられる彼にとっては、朝飯前の内容である。

 そして基本的な準備運動と基礎訓練、剣技指導が終わったところでミルトレが声を張り上げる。


「よおし、20秒休んだら二人一組になって実戦形式で練習だ。打ち込みありだが、防具をつけるのを忘れるな!? もちろん木剣には布を巻き付け、威力をさらに抑えるように! 繰り返す、これは訓練だからな。相手、ましてや仲間を故意に傷つける行為は俺が絶対に許さん!」


 ミルトレの叫び声に全員が息を切らせながらも、きびきびと動く。20秒の休みなど、無きに等しかった。そしてジェイクは狙い通り、ブルンズに話しかける。


「おい」

「あん?」

「俺と練習しないか?」

「なんで俺がお前みたいな庶民のガキと手合わせしないといけないんだ?」


 ブルンズは小馬鹿にしたような目でジェイクを見ている。体もジェイクより頭一つ大きいブルンズは、完全にジェイクを見下ろす格好になっている。ブルンズの周りにいる連中もにやにやしながらジェイクを見ていた。


「おいおい、このブルンズは剣技だけなら3年生の授業でやれるんだぞ? しかも3年生の中でもかなり強いんだ」

「そうそう、お前みたいな貧相な奴じゃ赤っ恥かくのがオチだぜ?」

「そういうことだ。お前みたいな根性無しじゃ俺には勝てん。今日は庶民のお前に、貴族の俺が情けをかけてやろう」

「「「ハハハハハ!」」」


 勝ち誇ったブルンズの言葉に周囲の取り巻きが声を立てるが、ジェイクは一切動じなかった。逆に彼に一歩踏み出し、周囲に聞こえないようにこう答える。


「怖いんだろ?」

「何!?」

「使えない木偶の坊ほど、よく吼えるからな。おつむも剣の技量も底辺だってバレるのが怖いわけだ?」


 ジェイクは全力で嫌みを込めて言い放った。その言葉にブルンズが怒ったのか、顔を真っ赤にする。


「てめぇ!」

「おっと、やるなら剣だ。殴り合いでも俺が勝つけど、それじゃ回りに止められちまうからな」


 ジェイクが皮肉をたっぷり込めて剣をくるくると回しながら、指先でブルンズにこっちに来いと挑発する。その態度に、傍目にもわかる程耳まで真っ赤に染めたブルンズが木剣を握りしめてジェイクの後に続く。


「お前、無事に帰れると思うなよ!?」

「御託はいいからかかってきな、豚野郎」


 大柄だが少し太り気味なブルンズはその言葉に一層腹を立て、ミルトレが始め、という声を出すと同時に凄まじい剣幕でジェイクに襲いかかって来る。さすがに大柄なブルンズの剣は迫力があると周囲はだれしも思ったが、日々アルベルトと打ち合いをするジェイクにとっては、無駄な動作の多い子どもだましにすぎない。アルベルトほどの圧力もなければ、ラファティほどの精巧さもないブルンズの剣は、それこそ目を瞑っていても避けれる程度なのだ。

 ジェイクはブルンズの剣を難なくひらひらとかわしながら、ブルンズを疲れさせている。傍目にはジェイクが際どく避けているように見えたかもしれないが、ジェイクに余裕があることに彼らの打ち合いを見ていた6年生の面々は気が付き始めていた。ブルンズは自分の剣がジェイクに全く当たらないので、かなり疲労の色が濃くなってきている。


「ハア・・・ハア・・・」

「もう終わりか? やっぱりデブに体力はないな」

「う、うるせえ・・・貴様こそ逃げ回るばかりの脳無しが・・・ハア・・・」


 ブルンズの足元がいまいちおぼつかない。怒りに我を忘れて、1分近くがむしゃらに剣を振り回したのだ。無酸素でそのような動きを一気にすれば、疲れて当たり前だった。しかもブルンズは口が卑しいのか、いつも昼飯を腹いっぱいになるまで食べるのだ。一度だけ、食堂で他の仲間の3倍は食べる彼をジェイクは見たことがある。

 だいぶブルンズが疲れてきたのを見て、ジェイクが剣を構えなおす。


「よし、じゃあそろそろやるか」

「ハア・・・こいよ、クソチビ」

「・・・やっぱやーめた。お前がバタバタするのをもうちょっと見てたいもんな」

「てめえっ!」


 ジェイクが一度構えた剣を下げるのを見て、とことんまで馬鹿にされたと思ったブルンズが上段に構えて突進してくる。その瞬間、ジェイクは一気にブルンズの懐に飛び込むと、布を巻いていない木剣の柄を、ブルンズのみぞおちに思い切りめり込ませたのだった。

 虚を突かれたのと、突進に対するカウンターになったせいで、ブルンズがその場に昼ご飯を逆流させながら崩れ落ちる。周囲からはどよめきが起こるが、その理由は様々だったろう。低学年の者はブルンズが負けたことに驚き、高学年の者はジェイクの余りの飛び込みの速さに驚いたのだ。たとえ上級生でも反応できたかどうかの、ジェイクの飛び込みの速度だった。

 膝から崩れ落ちて胃の中の物を吐き続けるブルンズの元にしゃがみ込み、ジェイクがそっと耳打ちする。


「俺に絡むのはいい。だが二度と俺の家族や仲間に手を出すな。次はこの程度じゃ済まさない」


 それだけ告げるとブルンズの返事を聞くまでもなく、ジェイクは彼に背を向けて離れ始める。だが、ブルンズは一通り吐き終えると、傍に落とした木剣の布をやおら外し始め、ふらつく足に喝を入れてジェイクに向かって突進した。腹の痛みよりも、ふらつく足よりも、ブルンズの頭の中はジェイクに対する復讐心で一杯だった。


「てめぇ! ぶっ殺す!!」


 背後から突進する気配に、ジェイクが剣を握り直す。が、ジェイクが振り向くと同時に、ブルンズは横殴りにされ吹っ飛んだ。何が起こったのか、ジェイクも当のブルンズもわからず、ぽかんとしている。

 ブルンズを殴りつけたのはミルトレだった。そのミルトレは額に青筋を浮かべ、その場に仁王立ちしている。


「貴様! 今何と言った!?」

「は?」


 ブルンズが痛む頬を押さえながら、何を聞かれたのかわからないといった顔で呆然としている。そしてその場に座ったままのブルンズをミルトレは胸倉を掴んで引き立たせると、そのままブルンズの体が浮き上がる程の力で締め上げる。


「く、苦し・・・」

「貴様は今、あの小僧に向かって『ぶっ殺す』と言ったのか!? 答えろ!」


 ブルンズがたまらず首を小さく縦に振ると、ミルトレはブルンズを地面に叩きつけた。ブルンズが地面でもんどりうつ。


「ぐあっ! な・・・何をするんだ?」

「それはこっちのセリフだ小僧! 貴様は今、剣の布を外してあの小僧の背後から襲いかかろうとしたんだぞ? 騎士として、もっとも恥ずべき行為だとは思わんのか! まして、将来自分が背を預ける仲間になるかもしれない者に対して『殺す』だと!? どの口でそれをほざく!」

「だが、あいつは平民だ!」


 ブルンズが吠えた。


「平民が貴族に手を上げるなど、間違ってもあってはならないことだ! 平民は大人しく貴族の言う事を聞いていればいいんだ!」

「俺は奴隷出身だ!!」


 ミルトレが吼える。その言葉に、ブルンズを含める全員がはっとした。



続く


次回投稿は、5/9(月)12:00です。

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