戦争と平和、その595~解ける封印⑮~
「(これはまずい! 防御――いえ、回避! 回避パターンを――)」
転移をする時間はない。咄嗟の回避行動を数通り想定し、ディエナが動こうとした瞬間、その筋道に黒い球が出来上がって道を塞いだ。動こうとしたディエナの体が硬直する。
ディエナの背後にいたのは、ルナティカ。残ったマイクロブラックホールの球を全て作動させ、逃げ道を塞いだのだ。
「なっ――どうして?」
「わからない――けど、わかった。あなたはきっとここから逃げるって――見えたの」
ルナティカの瞳孔が狭まり、銀色の輝きが強まっていたことにディエアがはっとする。
「お前――王種の力と銀の一族の力を同時に発動させ――」
「ディエナ!」
レイヤーの叫び声にディエナが反応する。その瞬間、防御不能な間合いにレイヤーが現れ、ディエナめがけて剣を抜き放った。
その刹那にディアナは予定されていた行動をとる。左腕を自ら切り離すと腕は泡のように変化し、レイヤーの体ごと剣を搦めて固まり固定した。
「お忘れ? 私は水を支配している。この体も元々液体。形状を変えるのは分けないわ」
「ぬぅううううぁああああ!」
「無駄無駄、硬いだけじゃなくて、粘性にも優れた液体よ。いかな巨人並みの腕力があったとしても、数十秒は逃れられない。私の勝ちよ」
【――原初の海より生まれし水の大精霊よ、その形を顕現せよ】
ディエナの呼び声に応えて出現したのは、巨大な咢を開いた海洋生物の姿を模した水。中層との境目一杯に広がる海の如き巨大さに、全容が視界に収まらない。
グウェンドルフの叫び声が聞こえた。
「なんだこれは! こんな魔法は聞いたこともない!」
「ま、失われた魔法だからね。本来は国家や大陸を沈める時に使うのだけど、この空間じゃあこれが精一杯だわ。それでもレーヴァンティンの一撃の余熱を奪って封印するには十分でしょう。あ、でも――」
ディエナがはた、と気付いたように悩むそぶりを見せた。
「中層の連中から少々オドを集め過ぎたかしらね。弱い連中は死んじゃったかしら?」
「なんだって!? レーヴァンティン!」
レーヴァンティンがレイヤーの叫びに応えるように輝き、凄まじい熱を放ち始めた。ディエナの体の一部だった泡を熱で蒸発させ、拘束を解こうとしているのだ。
「馬鹿な、そんなことをすれば自分の体ごと蒸発するわよ!」
「知ったことかぁ!」
「これだから合理的でない人間は――なら、望み通り死になさい!」
《水神の生誕祭》!
詠唱名とともに、巨大な咢が動き始めた。その巨大な咢に向けて、炎に包まれたレイヤーがレーヴァンティンを振るう。レーヴァンティンは中層の床を溶かした時以上の輝きを放ち、魔法を迎え撃った。
ディエナがその二つの攻撃の衝突に驚愕する。
「馬鹿な、私の拘束を破って魔法を攻撃するなんて計算にないわ! レーヴァンティンにまだこれだけの出力が残されていたとは――でもこんなところで水の魔法とレーヴァンティンがぶつかれば――」
水蒸気爆発で遺跡どころか、周囲一帯が吹き飛ぶかもしれないとディエナは想定した。すでに下層の浄化が始まっているからあるいは地表に威力は逃げないかもしれないが、遺跡本体の損傷は免れないだろう。
「ぐうっ、演算が間に合わない! この損害を防ぐ方法は――」
ディエナが高速で演算をしようとして、少し離れたところに二人、突然転移してきた人間がいることに気付く。
そのうちの一人が黒い球を魔術で作り、レーヴァンティンと魔法が衝突している場所に向けて放った。すると黒い球が突然巨大化し、レーヴァンティンの熱と、魔法、それに蒸気を一気に吸い込み始めた。
「ブラックホールを魔術で作った? 土の上位、重力系統の最上位魔術をこの大陸の人間如きが? それでも――」
下層が吹き飛ぶ程度の爆発は避けられないだろうとディエナは覚悟した。この装備では耐えられない以上、一度核の場所に戻ることにしようと身を翻す。
「おあいにくさま。そんな攻撃魔術を展開しても、衝撃波からは逃れられ――?」
そしてディエナはもう一人が周囲に展開している『あるもの』を見て、全てを悟った。この大陸でかつてあったこと、魔人と真竜が壊滅した理由、レーヴァンティンを使用しなければならなかった理由。全てに合点がいった。
続く
次回投稿は、10/4(日)18:00です。