戦争と平和、その593~解ける封印⑬~
「ぐうっ・・・!」
「えっ、私の出力低すぎ・・・? と思ったら、マナの供給をカットしてるのか、この遺跡。オドだけでやれと言われても、そんなのあっという間に使い切り――ははぁ、そのために『電池』が沢山保存されているのね。だから、使徒である私を召喚する権限がこの遺跡にあるわけか。いざという時のための切り札だと思うんだけど、もう私を使ってもよいのかなぁ~?」
ディエナが中層の方を見ながら手をかざすと、明らかに魔力が中層からディエナに向かって流れ始めたのがわかった。秒毎に増す出力に、レイヤーとルナティカが震える。
「な、なんなんだ。お前の魔力は!」
「このくらいで驚いちゃあいけないよ、少年。これでも三割ぐらいしか実力を出せないんだぞ、と。ま、それだけレーヴァンティンが危険だってことだけど、自覚がないのかい?」
「いや・・・危険だとは思っている」
「良識のある者が統神剣の制御者で何よりだ。その剣は本来死蔵すべき存在だ。存在することは牽制になるが、本当に使っていい物じゃないし、作った人もそう考えたはずだ。どうする? 大人しくレーヴァンティンを渡してくれるなら、せめて苦しまずに殺してやれるけど」
「結局殺すの?」
ルナティカの言葉に、ディエナが肩を竦めた。
「当然さ。制御者君が誰かに洗脳されないとも限らない。制御者君が正しい人物だとしても、周囲が同じとは限らないだろう? レーヴァンティンを使える存在なんて、この世にいちゃあいけないんだよ」
「だけど!」
「いいよ、ルナティカ。彼女の言う通りだけど、時間稼ぎはうんざりだ」
レイヤーがレーヴァンティンの力を解放し始めた。ディエナがそれを見て舌打ちをする。
「思うように出力が上がらなかったから、時間稼ぎをしていたんだろう?」
「チッ。聡いね、君」
「ルナ、騙されるな。彼女言うことは正論だけど、因果が逆だ。恐ろしい物を作ってしまったから制御する、のではなくて、これほど恐ろしい物を作ってまで倒せないといけない存在がかつて存在したんだ。それが何かはわからない。だけど彼女が動いていることで確信した」
「何を?」
「きっとそれはまだ生きているんだ。使徒って言ったろ? 彼女はその使い走りだ!」
レイヤーがレーヴァンティンの出力を上げ始めた。増していくディエナの魔力にも押し負けず、二人の間に高密度のマナが集まり、まるで壁があるかのように視覚化された。
ディエナが盛大にため息をついた。
「あーあーあー、確かに因果は逆ですよ。だけどね、私の言葉は真実さ。そんな剣は使われない方がいいんだ。大地を平然と割るような威力の剣を振るって、何をするってんだい? この大地と海が全て壊れるまで戦うかい? それじゃあ本末転倒だろ?」
「たしかに、僕には断片しか情報がない。だけど、この剣を作って託した人物の感情は残っている。彼女は――怒りではなく、悲しみと、慈しみと、そしてわずかな希望を託していた。そんな人物が託した剣だ。決してお前が言うようなものじゃない!」
「ふむ、私の翻訳能力が足りないのか? それとも想像以上にこの大陸の人間が原始的なのか? しょうがない、遺跡が壊れたとしても使用者を殺して回収、封印するしかないようだ。ったく、面倒くさいなぁ」
頭を掻いていたディエナの姿がふっと消えると、レイヤーの目前に突然出現した。手には水で作られた剣。レイヤーはレーヴァンティンで受けたが、レーヴァンティンの出力を上げてもなお、ディエナの剣は蒸発しなかった。
「水・・・じゃない?」
「いーや、水さ。ただし、高速で回転、循環する、超高密度の水だ。知ってるか? 水ってのは密度や圧を上げることで、どんな優れた金属すらも切断する。それはレーヴァンティンとて例外じゃない――つっても、今の出力じゃそれもできないけどさ」
ディエナがレイヤーと何合も打ち合う。発生する衝撃波で周囲の建造物が切断され、次々とずり落ちていった。ルナティカはその衝撃波を躱して着地し、戦いを見守る。レイヤーにはそのルナティカを気遣う余裕すらなかった。
「ぐうっ!」
「私と数合打ち合うだけでも大したものさ。これでも歴史上の剣豪たちの剣筋を踏襲しているんだけどね。君、本当に人間か? 王種を取り込んでも、普通そうはならないぞ?」
「知らないよ! 親の顔を見たこともなければ、どこで生まれたかも知らないんだから」
「ふーむ? 引き続きスキャンが必要かな?」
ディエナの瞳が青く光る。そしてレイヤーの骨、筋肉、呼吸数、魔力の流れ、気の流れなど、様々なデータを集め始めた。レイヤーはその瞳にぞわりとして、ただちに攻撃を再開した。
「うむ、その意気やよし! だが、脅威を与えるほどじゃないね」
「うおおお!」
目にも留まらぬレイヤーの猛攻にも、ディエナはまったく動じず捌き続けている。そしてスキャンを継続していた。
「(おかしいな、この少年はただの人間だぞ? 筋量は最大巨人や終焉巨人を圧縮したのかと見まがえるような量だけど、おそらくは遺伝病――気功は覚えつつあるし、王種を食べた変化はまだわずか。魔力の流れはないし、それ以外に遺伝的に何か手を加えられた様子はない。遺伝情報は不足しているけど、この大陸の生物を逸脱するってほどじゃないし、原初の生物たちの能力を発現している気配もない。となると、ただの少年をレーヴァンティンが選んだ? いや、そんなはずは――)」
そうしている間に、レイヤーの攻撃が激しさを増した。次々重くなる攻撃だが、ディエナの出力も上がっている。だから追いつかれるはずがないのだが――レーヴァンティンの剣先が、ディエナの頬に触れた。
すぅ、と血の代わりになる青い体液が流れる。ディエナの表情に、初めて驚愕が浮かんだ。
続く
次回投稿は、9/30(水)18:00です。