戦争と平和、その591~解ける封印⑪~
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中層の底を斬り貫いた一撃で、下層は甚大な被害を受けていた。建造物の三割が跡形もなく吹き飛び、残りも四割が熱で一部ないしは大部分が融けていた。
これほどの被害を及ぼすレーヴァンティンの一撃を受けても下層は壊滅するには至らなかったが、下層の防御本能を刺激するには十分な一撃となってしまった。
ドゥームが到達した場所、その地下の水面。それらが全て下層の核であるとは、誰も気付きようがない。流体金属とでもいうべき水は、レーヴァンティンの一撃を解析し、思考し、そして一つの結論に至る。
「――レーヴァンティンの制御者の出現を確認――速やかに消去されたし――」
「――かの統神剣の所有者が出現するほど、時は熟しておらぬ――」
「――下層の門番の全武器を解放したが、レーヴァンティンの一撃で消滅した――代理品が必要だ――」
「――『使徒』を起こせ――代用品でも構わぬ――」
「――使徒プログラムを遂行――第七使徒を起動します――稼働率14、37、53・・・78パーセント」
「――素材の不足を確認――本来の性能からは68パーセントの能力低下を余儀なくされます――」
「――完成品の推定戦力は?――」
「――下層の門番が完全装備した状態と比較して、3.6倍――現在の地表の文明を消滅させるのに10日程度と推測されます――」
「――エネルギーの供給が担保されればだが――レーヴァンティンの所有者を殲滅するのには十分だろう――」
「――100パーセントに到達しました――この出撃を持って下層は浄化作業に入り、出力はしばらく低下――数年は休眠を余儀なくされますが、出撃を許可しますか?――」
「「「――異議なし――」」」
「――それでは――第七使徒、出撃します――」
水面がぐぐ、と持ち上がると、表面張力の限界のように、一つの水の球をぽん、と空中に飛ばした。その水の球が圧縮されるように正二十面体に変形すると、中には膝を抱えるようにして休眠している女性の姿が浮かび上がる。
そしてぱりん、という音とともに、女性が空中に解放された。青く長い髪と瞳をした女性は裸身のまま空中に浮かんでいたが、やがて眼を開いて周囲の状況を確認すると、首を鳴らしてため息をついた。
「えーと、状況をインストール? ・・・あー、はいはい。そういうことね」
一人女性は頷くと、指を鳴らして下層の核である水を変形させ、衣服に変えた。体にぴたりと纏われる衣装はほぼ裸と変わらぬ程度の露出度で、わざわざ衣服を纏う必要があるのかという程度だった。
「げ、紙装甲じゃん。素材なさすぎでしょ、この遺跡。アダマンタイトやヒヒイロカネ、ムーンメタルくらい用意しとけっつーの。そんなので使徒のアタシを呼びつけるとか、どうかしてるわぁ。出力も不足しているし、こんなのでレーヴァンティンとやりあえとか、無理ゲー。一発当たる前に倒せってか? マジハードモードなんですけどー。
んじゃあ不意打ちで――え、それも駄目? ちゃんと敵性体の正体を確認してから消滅させろって? くそっ、稼働規定違反で訴えてやるぞ! こんな案件、第4使徒や第9使徒にやらせとけよ~。ちきしょ~アタシは昼と調停と水の管理者だぞ~うぬぐぐ」
青色の髪の第7使徒は頭を抱えて唸った。その唸り様は、美しき容姿とは程遠い煩悶の姿。そしてしばしぶつぶつと呟いた後、すっくと立ちあがった。
「はー、愚痴ってもしゃーない。さっさと片付けてかーえろ。ったく、せっかく戦いがなくなって人が気持ちよく寝てたってのにさ~。下等な人間は争いしかしないから嫌いだよ。速攻でぶっ潰してやる!」
そう告げた第7使徒の表情は倦怠と怒りに満ちており、ふわりと浮かぶと、下層へと上昇したのだった。
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「・・・ヤー」
「う・・・ん」
「レイヤー、起きて!」
ルナティカの叫びでレイヤーが目を覚ますと、二人は空中を落下中だった。ぼやけた意識が一瞬で覚醒し、周囲の様子を確認した。
「ルナ!? どうして!」
「話はあと!」
ルナティカが鋼線を伸ばし、中層と下層を繋いでいたエレベーターに巻きつける。一度彼らの落下は止まったが、崩壊した中層の支えを失い、エレベーター全体が崩壊を始めていた。
彼らは丁度中層と下層の中間地点に位置している。下層までは城のてっぺんから飛び降りるよりもまだ高いほどで、落ちれば無事には済まないことは明らかだった。
「駄目、崩れる!」
「ルナ、捕まって!」
ルナティカが鋼線を外すと同時に、レイヤーがルナティカを抱えて、崩れるエレベーターの上に移動した。そして倒れ始めるエレベーターに合わせて、走り始める。
「レイヤー、まさか?」
「そのまさか! 走るよ!」
倒れるエレベーターに合わせて走り始めたレイヤーは、最後は倒れたエレベーターをルナティカを抱えて滑り降りた。当然エレベーターは崩れたり折れたりしていたが、レイヤーの身体能力はそれらをものともせず、無事に下層の地表にまで駆け下りることに成功した。
地表につくとルナティカもひらりと降りたが、その表情は不満気だった。
「生きた心地がしなかった」
「そう? 割と余裕があったけどなぁ」
「身体能力が上がっていても、無茶苦茶。そもそもレーヴァンティンの出力がありえない」
「僕も予想外だったよ。でもおかげで助かった・・・のかな?」
レイヤーは融けてしまった中層の床――つまりは下層の天井を見上げて、腕を組んでいた。レーヴァンティンについてわからないことはまだ多く、全てを知らせてくれるわけではない。だが自分にはレーヴァンティンを上手く扱える自信だけはあった。それだけは確信できる。
だがさきほどコマンダーを倒す時に叫んだあの言葉――『 』というのがなんであるのかは自分でも理解できなかった。
続く
次回投稿は、9/26(土)18:00です。