戦争と平和、その590~解ける封印⑩~
「近接戦闘能力の低下を確認、中短距離戦闘態勢に――」
「さよなら」
ルナティカは武器庫でレイヤーから受け取っていた黒い球を、ソルジャーに向けて優しく放り投げた。スイッチはすでに三数える前に押してある。
ソルジャーは光の薙刀で弾き飛ばそうとして、やはり腕が十分に上がらず、薙刀は空を切った。
「修正不の――」
黒い球が突然大きく広がり、マイクロブラックホールにソルジャーを巻き込んで消滅した。綺麗に地面ごと球形に抉られて本体はなくなり、支えをなくすもかろうじて残ったソルジャーの右腕と右足の一部がその場は、ガランガランと音を立てて地面に転がった。
コマンダーがソルジャーの反応がなくなり支援が得られないことを察知すると、球体を自らの近くで強制的に動かし、衝撃波で自分がダメージを受けることも厭わず、レイヤーとの膠着状態を脱した。
レイヤーは自爆覚悟の攻撃すらも躱し、再度剣を構えた。そこに破裂したタンクからの水が飛び散り、レーヴァンティンに当たって蒸発する。噴水の様に噴き出す水にもレイヤーは微動だにせず、コマンダーを見据えて呼吸を整えた。
「ふぅー」
「・・・敵性体の身体能力の53%の上昇を確認、反射能力の78%の上昇を確認。消費時間に対し、急激な戦闘能力の上昇は理解不能、説明を求む」
「そんな義理はないね」
コマンダーが人間のように問いかけてきたが、レイヤーは無視した。それが時間稼ぎであることを承知していたからだ。
現にソルジャーに回していたはずの処理能力を自分のみに集め、さらに戦闘力を向上させているのがレイヤーには見て取るようにわかったからだ。なぜわかるのかはさほど疑問に思わない。それほど戦いに集中していたし、余裕も全くなかった。
「(さっきの王種の能力がどんなものか具体的に調べる時間もないし、基本的な身体能力の向上だけで戦うしかないとして――反射速度や出力では優位、武器の多彩さではやや不利。中距離などで距離を取られたら厄介だな。まだルナの戦闘力も未知数だし、一気にケリをつけた方がよさそうだ。
多少遺跡を破壊することになるけど、しょうがない!)」
レイヤーの思考に呼応するかのように、レーヴァンティンが形状を変えた。刀身は通常の剣から大剣に。一回り大きくなったレーヴァンティンは、まるで太陽が近くに顕現したかのような熱気を放ち始めた。
噴水のような水は降り注ぐ間もなく蒸発し、辺りは蒸気に包まれ、一部の機械は熱に溶け始めていた。ソルジャーの残骸も、レーヴァンティンの熱気で形を失っていく。コマンダーも武器を解放してレイヤーを攻撃しようとしたが、先にレーヴァンティンの熱気でそれらの兵器が一斉にだめになった。
危険を感じたルナティカは飛び退いて距離を取る。
「レイヤー、それは!」
「ちょっと離れてて、派手にやるよ!」
「・・・理解不能、理解不能。レーヴァンティンの出力の上昇を確認。レーヴァンティンの出力が第三段階に入ったことを確認。統神剣の出力許可を得られる該当ユニットは存在せず、存在せず――敵性体は推定シ――である。由々しき事態、由々しき事態――我々の敵にシ――が。要請、要請、彼の敵を倒すには使徒の出撃を――」
「消えろ、壊れた管理者!」
レイヤーが大上段に振るったレーヴァンティンが、一瞬巨大化したようにルナティカには見えた。そして振り下ろされたレーヴァンティンがコマンダーを飲み込むと、その一撃は地面ごと遺跡を抉り、さらには一直線に奔る熱波となって遺跡そのものを飲み込み始めた。
「うわっ!?」
想定以上の出力にレイヤー自身も驚く。まるで夏場に溶けかけたバターを切るかのような手ごたえに、レイヤーはレーヴァンティンを手放そうとするが、手に吸い付くように剣は離れようとしない。
まるで剣自身がため込んだ力を解放することを喜ぶかのように、レーヴァンティンは熱波を放ち続けた。
「止まれ、レーヴァンティン! 遺跡を破壊するつもりか!」
「(使命・・・)」
「何!?」
「(壊れた遺跡・・・狂った遺跡の破壊は我が使命・・・)」
「狂った遺跡だって?」
「(この遺跡の本来の役目は――)」
レーヴァンティンの声がはっきりと聞こえた気がしたが、レイヤーはここにアルフィリースたちがいることを思い出す。途中で遺跡の様子を確認したから間違いないし、今ならどこにアルフィリースたちがいるかも感じることができる。それ以外にこの遺跡に来ている者たちのことも。
このままレーヴァンティンを振るい続ければ、確実に彼らを殺す。レイヤーは自らの力とレーヴァンティンを制御すべく、必死に語りかけた。それほど必死になったことは生まれてこの方レイヤーの記憶にはなかったが、とても自然であるように、懐かしくさえあるような気がしていた。
「レーヴァンティン、僕の命令を聞け! お前を振るう資格が僕にあると言うのなら、我が命に応えよ! 僕は――」
その先の言葉を口にしてはいけない。一度口にすれば戻れなくなる。それがわかったから、レイヤーは一瞬ためらった。だがイェーガーの面々の顔が、そしてアルフィリースの顔が脳裏に浮かぶ。
レイヤーは躊躇ったことを恥じた。戻れないからなんだというのか。そんなことでここに来たのではあるまいと、レイヤーは全てを受け入れる覚悟でレーヴァンティンに命令を下した。
「止まれ、レーヴァンティン! 僕は――『 』だ!」
その瞬間、レーヴァンティンが全活動を停止した。だがレーヴァンティンの余波は凄まじく、中層の床を抜いて余りある傷跡を残した。熱波は下層にあった防御膜である水分すら貫通し沸騰させ、その中に生息していた守護者たちを全て死に絶えさせていた。
それだけでも飽き足らず、レーヴァンティンの一撃は下層の門番すらも直撃して一瞬で灰にした。そのことが瀕死のグウェンドルフとノーティス、アースガルを救い、ドゥームが下層の叡智に触れる手助けをしたことを、レイヤーは気付いていなかった。
続く
次回投稿は、9/24(木)19:00です。