戦争と平和、その588~解ける封印⑧~
「血を止めてもらい、動けるようにしてもらっておいてなんですが、私にはやることがあります。中層の管理者とやら、構いませんね?」
「・・・しょうがないね、好きにしなよ。もう対価は払ってもらったしさ」
「あの程度でよければいつでも」
微笑むティタニアに、中層の管理者が残念そうにため息をついた。だが彼はティタニアをじっくりと見つめながら、寂しそうにしているのだ。
「それでも、あまりにもったいないと思うけどねぇ。永らえて、その剣の技術を伝えたいとは思わないのかい? ボクならなんとかできるかもしれないよ?」
「人間でない存在になってまで伝えるべきものとは思いません。私はあくまで人間のなしうる技術の範囲内で、伝えたいものがあるのです」
「そうですか、そうですか。こだわりは誰にでもあるよねぇ。ならしょうがないね」
「私も残るわ」
今度はアルフィリースがティタニアの傍に立った。その行動に仲間たちも驚いたが、ティタニアは自然に受け入れていた。
「アルフィリース、ここから先は何の保障もありませんよ?」
「いつだって、生きるのに保障なんてないわ。それよりも、そこの中層の管理者を信用する方が余程危険だと思うのよね」
「ひどい言い草! ボクだって善意でやってるのにさぁ」
「ふん、どんな善意なのかしらね」
アルフィリースは冷たく言い放って、中層の管理者を一瞥した。やはり大仰な身振り手振りの割に、目が笑っていないと思うのだ。
「脱出に関しては私がなんとかするわ。不安がある人は、彼らとともに行ってちょうだい」
「そう言われて、アルフィよりもこのウスラトンカチどもを信用する理由がありませんね」
「ひどいな、リサちゃん!」
「どの口がほざきやがりますか」
リサがひらりとアルフィリースのもとに駆け寄った。それに仲間も倣うが、さらにはベルゲイもそれに続いた。
「筋肉おっさん?」
「言ったはずだ、俺の目的を。ティタニア以外に興味はない。短い旅だったが、面白い物を見させてもらったことには感謝している」
素直にドゥームに礼をしたベルゲイに、呆れるようにドゥームがため息をついた。
「悪霊に感謝するなんて律儀だなぁ。ロクな死に方しないぜ?」
「承知の上だ」
口元を小さく歪める自嘲気味の笑いに、ドゥームもまた笑った。
「死に際に未練があったら、僕の名前を呼びな。なんとかしてやるからさ」
「いらん世話だ。死に際に後悔などあるはずもない。悪霊になってまで戦いたいとは思わぬ」
「あんたみたいな人間ばっかりなら、僕なんてそもそも不要だったんだろうな。短い間だったが、あんたのことは嫌いじゃなかった。あんたの意志を尊重するよ。行こうぜ、皆」
「ドゥーム」
ミルネーがアルフィリースとドゥームを見比べながら、何かを言いたそうにしたがドゥームは小さく首を振っただけだった。そしてドゥームたちは転移魔術であっさりとその場を去った。
いなくなったドゥームを見ながら、リサが呟く。
「ドゥームのやつ・・・変わりました。なんというか、存在がもう一つ上がったような印象さえ受けます」
「そうね。転移魔術を連続使用していることからも、そもそも魔力量が上昇しているように感じるわ。本来、あんなに簡単に転移魔術は連続使用できないわ」
「そりゃあそうだよ、下層の叡智の結晶に触れたんだろうからね。ひょっとしたら人類が千年かけても到達しえない知性の一部を獲得したかもしれない。まったく、羨ましい限りだ」
中層の管理者がぶつぶつと不平を呟いた瞬間、凄まじい魔力の奔流が遺跡内に巡った。思わずヘードネカとソールカが戦いを中断し、魔力の源を探った。
「これは・・・ウッコか?」
「あれぇ、覚醒の時よりも大きくなってない?」
「ふむ。助言はしたが、うまくいったようだね」
中層の管理者が薄笑みを浮かべていた。その笑い方に、アルフィリースの背筋がぞわりと不安に襲われた。
「・・・誰に、何を助言したの?」
「銀の髪の一族の女、チャスカと言ったかな? に、取引を持ち掛けたのさ。ティタニアの封印の時間を巻き戻してもらう代わりに、ウッコを全盛期に戻してほしいってね」
「はぁ!? なんということを! 貴様、破滅願望でもあるのか!」
真っ先に怒ったのは意外なことにブラディマリアだったが、中層の管理者はブラディマリアを嘲笑いながら説明した。
続く
次回投稿は、9/20(日)21:00です。