戦争と平和、その578~廃棄遺跡中層㉚~
「さぁて、間に合いますか。運命よ、いくばくかの幸運を我にもたらさん、なーんてね。今更運命や幸運なんて信じちゃあいませんが、こういう遺跡では祈りを捧げてみたくもなるってものです」
言葉こそおどけているが、既に満身創痍のハンスヴルが目指す先は――
***
「・・・来たね」
レイヤーは今度は自分から動くのではなく、相手を待ち受けていた。罠を張るような時間はなかった。万一を考えて備えはしているが、大掛かりなことをするような時間はない。遺跡に入ってからの自分の能力と、レーヴァンティンの威力を信じるだけだ。
「(レーヴァンティンの能力や出力は不明で不安定だ。僕の今の動きだって、どうしてできるのか理由はわからない。妙な確信はあるけど、短期決戦であることにこしたことはない。いつこの力がなくなったって、おかしくないんだから)」
レイヤーはレーヴァンティンを右手に、だらりと手を下げた状態の自然体で構えていた。眼前に来るのは、空中を飛ぶ光の羽を持ったコマンダーと、地面を滑るように走ってくる鎧騎士。他の敵がいないこと、そして鎧騎士の形状が変わったことは、レイヤーの危機感を逆に煽った。
「厄介な――」
レイヤーがぼそりと呟き、そして真横に走り始めた。周囲は貯水槽のような大型の円筒形の構造が複数あり、そこから枝のように各円筒形を繋ぐパイプと台座のようなものがはしっている。
レイヤーは頭に響く声でそれらが何の目的で使用されるかを理解したが、今は使用されていない。この遺跡が動けばまだ現役で使用できるものなのだが、今は戦闘のために身を隠す用途に好都合なだけである。
レイヤーがそれらの構造物を立体的に走りながら、二体の敵から身を隠す。敵を分断できれば最高だが、そう都合よくもいかないらしい。
鎧騎士は軽量化されており、明らかに移動速度が上がっていた。今のレイヤーの速度をもってしても、引き離すにいたらない。そしてその後を少し離れて空中からコマンダーが追ってくる。
「前衛と後衛か――どちらかだけでも先に潰せるか? あの周囲を回る球体が気になるけど」
逃げるレイヤーと鎧騎士の間が徐々に詰まる。そして光る薙刀が振り下ろされる直前、レイヤーが落としていた速度を急激に上げて振り切った。同時に頭上のパイプをレーヴァンティンで切断し、鎧騎士にぶつけると体勢が崩れた。
「好機!」
レイヤーが着地と同時に反転して鎧騎士に襲い掛かる。そのレイヤーめがけて、コマンダーの周囲を飛び回る球体から光線が放たれた。
レイヤーはレーヴァンティンの腹でその光線を受けると、さらに猛然と前に出る。そのレイヤーの横に、ふわりと二個の球が浮かんでレイヤーを挟撃する形をとる。
「!?」
レイヤーは反射的に身を守りながら後ろに飛んだ。と同時に、球が爆発したように全方位に波動を発射し、周囲を薙ぎ払う。
レイヤーは咄嗟に防御したが、衝撃波で骨が軋む音を聞いた。あと一歩踏み込んでいたら衝撃波に挟まれて、全身の骨が砕けていたところだ。
通り抜けた衝撃波のあとにレイヤーが顔を上げると、鎧騎士が光る薙刀を振り上げて飛び込んでくるところだった。さきほどの衝撃波程度であれば、ものともしない強度があるらしい。
受けられなくはない。だがおそらくコマンダーに虚を突かれる。そう考えたレイヤーの選択は早く、逃げの一手となった。現に、横っ飛びで逃げた時に見たのは、レイヤーの後退する方向に既に球体が待ち構えていたこと。受けても下がっても、おそらく死んでいた。
レイヤーは脱兎のごとくその場から距離を取り、別の部屋に逃げ込んで石板を操作して扉を閉じた。コマンダーと鎧騎士はレイヤーの逃げた方向を確認すると、眼が互いに光った。
「ガ、ガ・・・敵性体の行動を分析、身体能力を解析」
「待ち伏せの確率78%、別経路から追跡を開始。挟撃はデータが揃うまで推奨されない。二体同時に行動すべし」
「再接敵までの時間を計測、経路割り出し開始」
二体は音もなく高速で移動を再開した。そして扉の向こうではレイヤーと、待ち伏せしていたルナティカが急ぎ足で移動していた。
「レイヤー、誘い込むんじゃなかったの?」
「思ったよりも連携に隙が無い。他の機械の演算能力を全部あいつらに回したんだ。レーヴァンティンの出力を上げて広範囲攻撃をすれば倒せるけど、遺跡へのダメージも馬鹿にならない。下手すると、遺跡のどこかにいるアルフィリースたちにも影響があるかも」
「じゃあ、どうする?」
「上手く罠にかけたいけど、相手もある程度遺跡の構造やシステムは把握しているだろうし、できれば広くて障害物がある、さっきみたいな場所がいいけど――」
「お困りの様ですね。私が手伝ってあげましょうか?」
困っている二人に突如声をかけたのは、すでにぼろぼろになったハンスヴルだった。
続く
次回投稿は、8/31(土)20:00です。