戦争と平和、その577~廃棄遺跡中層㉙~
「戦闘モードに移行、中距離支援型へ戦術をシフトシマス」
その声に合わせて背中には光の翼が生え、腕は長くなり、最初からなかった足の部分は地面に向けて放たれる風で輪ができるほどの出力に上昇した。そして背中から人間の頭ほどもある球体が放たれ、周囲を舞い始める。
鎧騎士も鎧を一部外して捨て去り、軽装へと変更された。その手には光る薙刀が握られている。
「殲滅対象、未確認敵性生物。ウッコより優先されたし、殲滅、殲滅」
その音声と共に移動する敵方の大将二体。ティタニアはその二体がいなくなったことを見届けると、よろよろと移動して動かなくなったマリオネットビーストに近づいた。そしてその一つの頭部を手に取ると、語り掛ける。
「――まだこちらを見ているのでしょう? 話があります、私を助けなさい。まだやるべきことがあります、これは取引です」
ティタニアにもどうしてそのようなことを口にしたのか、明確な理由はない。だが果たしてティタニアの思惑通りなのか、光を失っていたマリオネットビーストの目がぎょろりと開き、ティタニアを見据えたのだ。
***
「クォオオオオン!」
「ひょひょひょ、これでもまだ死にませんか。さすがにこちらも限界ですねぇ」
ハンスヴルはただひとり、ウッコと激闘を繰り広げていた。相手が全力でないのはよくわかる。おそらくは上層で吐きかけたブレスをレイヤーに潰されたことで、大火力のブレスを放てなくなったことが幸いした。そして銀の一族であるヴァイカに受けた一撃が、少なからずウッコに影響しているのだろう。
だがそれでも、ウッコは今までハンスヴルが相手にしてきた魔獣の中でも最強だった。体から次々と生まれるその他の魔獣たち。それら一つ一つがギルドでのA級に相当するであろう能力を持ち、さらにウッコの無尽蔵ともいえるオドでは、周囲のガラクタや素材を変形させて、即席のゴーレムへと変換する。
常に多対一を強いられながら、その合間にウッコ本体から放たれる攻撃は、どれも一撃で死に至る威力だった。一つの羽ばたきで最高強度の矢となった羽が100も飛んでくる。飛び散らす唾はどれも地面を溶かす酸。いななきは衝撃波となり、地面を踏み鳴らせば地震となり、体から伸ばす触手が鞭のように振るわれれば、周囲の構造物を一瞬でなで斬りにした。
常に体のそこかしこに出現する目がハンスヴルを捉えると、時に熱線を放つ。炎を避けようと熱を凌ぐマントを取りだせば、今度は凍てつく光線を出してきた。魔眼というわけではないだろうが、複数の効果をランダムに付加しながら放たれる攻撃に、さすがのハンスヴルも思い切った切り込みをできずにいる。
ハンスヴルは超人たる身体能力と特性を活かし対応したが、さすがに体力と精神力が尽きようとしていた。最後に接近した時、自身を回転する球に変形させ、相手の頭部を完全に破壊した。すると、体から他の頭部がまた持ち上がってきたのだ。今度は鳥ではなく、まるで蜥蜴のような奇妙な形をしており、それがブレスを吐いた。
「辺境にも変な生物はいましたけどねぇ、再生の仕方といい際限のない分裂といい、さすがに節操がなさすぎですねぇ。オドの四割近くは削ったでしょうが、ちょっとばかり不利ですよぉ、これは」
ハンスヴルはブレスの直撃を受け、左半身に大火傷を負っていた。ハンスヴルに便利な再生能力などありはしない。ダメージを受け流すことはできても、火傷を治す術などもってはいない。
痛み止めを口に含むと冷静さは戻ったが、戦いの継続は困難と判断した。それならば、残すべきものがある。さきほど遠目に動いたものをハンスヴルは見逃していなかった。ならばこれ以上ウッコと戦うよりも、やるべきことがあると感じた。
「ふぅむ。私の弟子たちは言うことなんて聞かないでしょうし、出会いとはなんとも奇妙なものですな」
ハンスヴルの攻撃が止んだことでウッコも小休止に入ったのか、体の変形を始めていた。足が長く、羽が大きく変形していく。あるいは生命の危険を感じたことで、進化するのかもしれない。
ハンスヴルはそれを見て戦いたいと思いながらも、その場から急いで移動を始めていた。
続く
次回投稿は、8/29(土)20:00です。