戦争と平和、その576~廃棄遺跡中層㉘~
「しまった、やりすぎた」
「レイヤー?」
「さらに追加で中隊が2つ。なんだ――管理官だって?」
「コマンダー?」
「おまけで中層の管理者代行がくっついてきた。よくないね、63秒後に接敵だ」
レイヤーがやや苛立たし気に告げた言葉だったが、レイヤーはすぐに気を取り直すと、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「あいつら・・・そうか、情報の更新が遅い。初期化、もしくは休眠状態から目覚めて、指揮系統が細分化されていない。大雑把な命令で――60秒おきでないと命令が更新されないのか。簡単に情報にアクセスできるし、しかもまだ別々の方向から迫ってきている。戦力の逐次投入なんて愚策以外の何物でもないだろうに・・・それならなんとか戦えるか。
コマンダーがいない方の部隊は――あっちか」
そう結論づけたレイヤーの行動は早かった。人間とは思えぬ速度でその場をあとにし、まっしぐらに暗闇を駆けて行った。
それを見たルナティカが、ティタニアを放っておいて後を追う。ティタニアも体調が万全なら同行したろうが、小さく呻いただけで動かなかった。そしてルナティカもまた、自分で信じられないほどの速度でレイヤーの後を追って走り抜けていた。
ルナティカがぎりぎり視認できる範囲で、次の戦いが始まる。今度の敵も同様の編成だが、動きが全く違っていた。敵は数体ごとに広範に散開し、飛びこむレイヤーを包囲するように動き始めた。
だがレイヤーは相手の動きを察知するや、自身の戦い方も変えていた。急角度で進路を変更すると、放射状に広がろうとする相手の右前方の相手めがけて、さらに速度を上げて一気に襲い掛かった。
空気の塊が発される時の風圧が伝わり、レーザーの光が明滅した。今度のレイヤーは戦い方を変えている。先ほどはレーヴァンティンの出力を上げて炎の剣閃で戦っていたのに、今度は出力を抑えて気配を消すかのように静かに相手を切り裂いていた。
この薄暗い中で敵はどのようにレイヤーを視認しているのか謎だったが、レイヤーの推測では体温か振動ではないだろうかと言っていた。それをどのように隠したのかは不明だが、敵は戦闘の部隊を食い破られてから、完全にレイヤーを見失っていた。
一番奥にいた、赤い眼の鎧騎士が自分の周囲にマリオネットビーストを散開させ、索敵と警戒を始める。赤い一つ目が光り、自身も索敵のためにくるりと振り返ったところで、その目をレーヴァンティンが貫いた。
索敵が何の意味もなさない。周囲のマリオネットビーストたちはレイヤーに気付くことなく、指揮官を失った。そしてレイヤーがレーヴァンティンの能力を解放すると、炎が一気に伸びた。レイヤーがその場で一回転するように剣を振るうと、もう一つの中隊は輪切りにされて、周囲の器械ごと一挙に全滅した。
がらがら、とマリオネットビーストたちが音を立てて崩れ落ちると同時に、レーヴァンティンの炎が収まり元の剣に戻る。まるで炎の獣が獲物を食らい尽くした後に鬣を直すように、獲物を狩り慣れたとしか思えない剣と、狩人の姿がさまになる。
レイヤーがルナティカの元に戻り、告げた。
「中隊はあと一つ、これは問題ない。だけど、一つ格上のコマンダーが厄介だ」
「そんなに強い?」
「さっきの一つ目の指揮官だって、余計な指揮さえしなければ僕ももう少し苦戦したさ。次は中隊の指揮は捨てて、能力を全て戦闘に回すはず。そうなると厄介なことになる。
コマンダーと、もう一つの鎧騎士を同時に相手をするのは厳しい。ルナにも手伝ってほしいんだけど?」
「え?」
ルナティカは思わぬ申し出に面喰ったが、レイヤーはいたって冷静にルナティカを見据えて微笑んでいた
***
同じ時刻、残されたティタニアは解けそうな封印と、止まらぬ血に悶絶していた。まだどちらかだけなら動けるのだが、もう自力では百歩も動けそうにない。明け方までには確実に封印が解ける――いまさら新しい封印を施しても既に止まることはあるまいと考え、ティタニアは覚悟を決めていた。
だがまだ希望が全くないわけではない。ティタニアはここに落ちてくる前、一つの可能性を見出していた。だが、そのためにはせめてもう少し動ける必要がある。
奇跡は期待しない。だがどんな苦痛や代償を伴ってもいいから、何か一つでも可能性はないか。そう考えて、ティタニアは感覚を研ぎ澄まし、耐えた。流れる血の一滴一滴が命の終わりを告げるように力と気力を奪うが、それでもティタニアは冷静さを失わずにただ待った。
そして、すぐ傍にマリオネットビーストたちがやってきた。ティタニアはたまたま物陰に隠れる形になり気付かれなかったが、その整然とした行進が目の前で突如としてぴたりと止まった。
「――二体目の指揮官の停止を確認。相手の正体は不明――推定ではシン――ただいまより、戦闘状態に移行します。では」
空中に浮かぶローブの一体が何事かを誰かと会話していたようだったが、その会話が終了すると、マリオネットビーストたちが一斉に糸の切れた人形のように崩れ落ちた。会話の内容はほとんど聞き取れなかったが、相手の苛立つ声が一部聞こえた。
「なんだ?・・・引っかかりますね」
そのままティタニアは息をひそめていたが、流れる血が体温を奪い、小さくなった呼吸のせいで気付かれていないとは、さすがのティタニアも想像していなかった。
そしてコマンダーはローブをばさりと落とすと、変形を始める。
続く
次回投稿は、8/27(木)21:00です。