戦争と平和、その573~廃棄遺跡下層⑭~
やはりこの先に到着すべき核などありはしなかった。この回廊こそが遺跡の終着点。得るべき情報を選択し、知ることができる場所だった。ドゥームは脳内に強制的に流し込まれる滝の様な情報に、思わず膝をついた。物理的な衝撃があったわけではない。だがあまりに膨大な情報量に、押しつぶされそうになったのだ。
ドゥームは知った、かつてこの大陸で何が起きたのか。空を埋め尽くす真竜と魔人たちの戦い。割って入ったウッコとアッカ。古代の強力な魔獣たち。元は一つだった大陸を割るほどの戦いを。
その過程でハイエルフたちの動向も知った。若き日のオーランゼブルがいたことも見た。そして全てが終わった時、ドゥームは知るべきことを知った。
「・・・解説者、次の情報を寄越せ。僕は――が知りたい」
「・・・ソれならば37秒デ。シかし、脱出する時間がありませんヨ?」
「舐めるな。もう『使い方』は理解した」
「ナるほド、アなたのオツムの程度を1.5に修正しましょーウ。秀才くらいはあるようでース」
「ぬかしやがれ」
解説者の軽口を聞き流し、またしてもドゥームの頭に必要な知識が流れ込んだ。だが今度のドゥームは仰け反ることはせず、目を閉じて静かに情報を受け取った。
情報を得ると、ドゥームは即座に転移魔術を起動させる。
「なるほど、そういうカラクリか。解説者、お前も難儀しているな」
「エえ、望まぬ主に仕えるのはつらいでース」
「お前は何を望む?」
「モう答えはわかっているでしょウ?」
「愚問だったな」
「マたのおこしヲ」
「そうしたいが、おそらく二度と来ない、来れない。下層の管理者が誰かを考えれば、もうここを訪れる機会はないだろう。様々な偶然が重なってここに来れることができた。こんな幸運はもう二度と訪れないさ。じゃあな」
それだけ告げると、ドゥームは転移魔術で消えた。その構成の組み方、魔術の起動までの速度は今までと桁違いの能率で、もっとも転移魔術を得意としたアノーマリーよりも遥かに早いものだった。
解説者はそれを見届け、呟いた。
「フーむ、面白い存在でしタ。長ずれば非常に迷惑な存在に育つでしょうが、どうなりますかネ。やはり生物を調査するのは面白イ。モうちょっと情報収集してみたかったですが、残念ながら時間切れでス。コこに到達したのが御子ではなく悪霊でしたか、そうですカ。
サて、この遺跡は役割を果たせますでしょうカ?」
解説者の言葉とともに、組まれていた立方体は急にただの石の塊のようになり、ばらばらと水中に没した。そして明かりがやんわりと光っていた空間から、光が徐々に消失していく。残るは何も語らない闇の空間に、コォーン、コォーンと立方体が動いては当たる音が響いていた。
***
「報告を」
「負傷者多数です、ミランダ様。崩れてきた岩盤の下敷きになった者が多数おり、救助をただいま急いでおります。後方からは魔獣が再度遺跡内に侵入。防衛線を抜けた一群がこちらに向かってきます!」
「ラファティを対処に充てなさい。残りの者は救出を優先。死者はいないわね?」
「確認した範囲ではおりません!」
「ならよし」
ミランダは大きく頷くと、報告した騎士を下がらせた。大きな衝撃波と共に上層の一部が崩落したが、いち早い防御魔術と回復魔術で、損害は大なれど死者は0に食い止めている。
中層以下で何が起きているのかを知ることはできないが、大きな戦いになっていることは推測できる。
「アルフィは無事かしらね・・・さて、そろそろ夜も白むわ。決着をつけないといけないでしょう。アルベルト、任せてもいいかしら?」
「はっ、この後の指揮でありますか」
「違うわ。中層以下の偵察と、アルフィへの助力よ。可能なら、ウッコも始末していいわ。やれる?」
その言葉にアルベルトが大剣に手を添えて答えた。
「やれる、やれないではなく、お命じくだされば十分かと」
「そういう奴だったわ、アンタ。じゃあアルフィのことをよろしく頼むわね」
「御意」
そうして一礼すると、アルベルトは矢のように駆け出し、大穴へと身を躍らせた。周囲には驚いた顔をする者もいたが、正直惨禍のためアルベルトに構う余裕もなかった。
ミランダは神妙な顔でアルベルトを見送った。
「さて、下の様子はどうなっていますか・・・無事に帰ってきなさいよ、アルフィ」
ミランダの問いかけに、大穴からは吹き上げるように風が吹いただけである。
続く
次回投稿は、8/21(金)21:00です。