戦争と平和、その568~廃棄遺跡下層⑨~
その姿を見て、ノーティスが当然のように怒り前に出る。既に人間から真竜の姿へと、幻身が解けかけていた。
「おい、小僧! 人の下僕を足蹴にするとは、いい度胸だな! その足をどけろ!」
「あんたの下僕が僕に粗相をしたとは思わないのか? 真竜ってのは傲慢だよなぁ?」
「何ィ?」
「大丈夫だ、ノーティス。奴は黒の魔術士の一人で、ドゥームという悪霊の王だ。人質のことさえなければ、出会い頭に攻撃しても構わん」
ひそひそとグウェンドルフが助言するが、ドゥームの表情がその会話で変化した。
「聞こえてるぞぉ、グウェンドルフ! お前、真竜の長がそんな鷹揚でいいのかよ!?」
「聞く耳持たぬ。貴様が大陸の各所で何をしてきたか、調べたぞ! あらゆる場所、人の目の届きにくいところで人を誑かし、唆し、時には直接介入して人の不幸を作って来た。貴様の存在は害悪以外の何物でもない。
一体何人の人間が、あるいは生き物が、貴様のせいで不幸になったと?」
「それが僕の存在意義なんだから、しょうがないだろうが! こちとら、意識が芽生えた時から悪霊でねぇ。人の生を! 不幸を! 阿鼻叫喚を! かっ食らって生きて行かないといけない存在なんだよ! 俺に人間みたいに幸せな家庭を築いて生きろって? 無理だね、そういうふうに出来てないんだよ!」
「ならば、消えろ!」
グウェンドルフとノーティスが真竜の姿へと戻る。同時にアースガルが風の魔術を行使して、ピートフロートを足蹴にするドゥームの足を攻撃した。
ドゥームはひらりと空に飛んで躱すと、同時に真竜二体がブレスを放つ。そのブレスが下層の建物を直撃し、あまりの熱量に建造物が融解した。
「さすがに真竜二体のブレスに耐えるほどの強度じゃないのか。いいね、期待できる!」
ドゥームはひらひらと真竜の攻撃をよけながら、つかず離れず二体の視界に収まるように逃げ続けた。当然、二体はドゥームの姿を追いかけて来る。
「待て!」
「ちょこまかと! 逃げるな!」
「そう言われて逃げない奴がいますかっての。鬼さんこちら、ここまでおいで!」
ドゥームが自分の尻を叩きながら逃げたので、真竜二体はカッとなってよりその後を追いかけた。
そしてドゥームがいったん姿を隠した。
「なんて単純なんだ、こんな安い挑発に乗るなんて。高貴な種族なんてろくなもんじゃないね。あんな挑発で我を忘れるくらいなら、僕はプライドなんていらないよ。
だがこれでやりやすくなった。さーて、あとは打ち合わせ通りに動いてくれるかな?」
そして先行する真竜二体の後を追うように、アースガルが小走りに駆けていた。本来なら浮遊魔術や使い魔で後を追うところだが、何があるかわからない以上、オドの使用は最低限にとどめておきたいアースガル。ピートフロートは横でふわりと浮きながら、アースガルに並走する。
アースガルは二人の短気に呆れながら、必死で追いかけていた。
「まったく、なんて短気なんだ。もうちょっと我慢をしてほしいものだ」
「本当に。彼らが真竜の知恵袋と長とか、世も末ですよ」
「ええ、まったく短気で単純だわ」
アースガルの前に、地面から湧き出るようにオシリアが立ちはだかる。アースガルは足を止め構えたが、既に周囲の建物の陰に、壁にぶらさがるように複数の相手に待ち伏せされたことに気付き、降参の意を示した。
「なるほど、君たちの作戦だったか。囲まれた状態でこれだけの相手をするのは無理だね。ピートフロート、ひょっとして君もグルかい?」
「えへへ、そういうことです」
「理解が早くて助かるわ。大人しくついてきていただけるかしら?」
「それは構わないが、どこへ?」
「あなたは真実を知りたそうだから、態度次第では案内してあげてもいいわ。だけど、意識は念のため刈り取らせていただくわよ」
「え?」
そう言って足音に振り返ったアースガルが見たのは、ベルゲイの拳だった。
***
「どこに行った?」
「あそこだ!」
グウェンドルフがブレスを放つ。ブレスは円筒状の建物があった地面を直撃し、その熱線は地面を爆発させ、溶かして抉る。そしてもうもうと埃が舞い、彼らの視界が塞がった。
「おのれ、ちょこまかと!」
「・・・グウェンドルフ、必要以上に熱くなるな。これでは視界がきかぬ」
「む、すまぬ」
グウェンドルフが自分の行った惨禍を恥じ、羽ばたきで煙をどかした。ドゥームが自分たちに有効な攻撃方法をもっているとは考えていなかったが、見失うのもまずいとは思った。寝首をかかれかねない状況では、休憩すらうかつにできないからだ。
だが煙が晴れた後、彼らの目に入った光景に彼らは思わず見入ることになる。
続く
次回投稿は、8/12(水)22:00です。