ジェイクの新しい生活、その1~学園生活~
「むー、それは難題じゃのう」
「だろう? ああいうところでは、絶対に俺は絡まれると思うんだ。実際ミーシアでもそうだったしさ。その時はもちろん全員ボコボコにしたけど。あ、これはリサには内緒ね?」
「悪い子じゃのう。だがしかし、貴族の子弟をボコボコにすれば、確かに問題じゃわな・・・よし、こうしよう」
ミリアザールがぽんと手を叩く。
「ジェイク、お前に全面的に喧嘩を禁じる」
「はぁっ? それって喧嘩を売られても?」
「そうじゃ。世の中売られた喧嘩は全て買えばいいというものではない。時には耐えたり、上手くかわす事も必要じゃ。そなたはグローリアでそういった事も学んで来い!」
「約束を破ったら?」
「ふふふ、そうじゃのう」
ミリアザールが嫌な笑い方をし始めた。その不気味な笑い方に、嫌なものを覚えるジェイク。
「な、なんだよ・・・何考えてるんだよ」
「チビ共の前でお尻を晒して、尻百叩きはどうじゃ?」
「げえっ!? この歳でか?」
ジェイクが信じられない事を聞いたという顔をする。だがミリアザールは至って本気だった。実際彼女はミランダにもやったことがある。さすがに男の目には晒さなかったが、深緑宮の女官(ただし口無し限定)を全員集合させてその前でやったのだ。これがミランダが恐れるミリアザールの折檻の一端である。
「どうじゃ、守るか?」
「そ、そりゃあな」
「うむ、約束じゃぞ? あ、ちなみに嘘やごまかしはきかん。グローリアにはワシの部下も多数もぐりこんどるからな」
「う・・・なんてババアだ」
「何か言ったか!?」
ジェイクがこっそり口の中で呟いた言葉が、ミリアザールに聞こえたらしい。ジェイクは慌ててミリアザールの部屋を逃げるように後にした。そしてその後梔子が明日以降の予定をどうするかをジェイクに伝えに行くのだが、ジェイクが逃げるように部屋を後にした時、物陰に一つの影があったことに彼は気がつかなかった。
「がっこうだって・・・? いいことをきいたぞ、ふふふ。しりひゃくたたきか・・・ふふふ」
その影もまた不敵な笑みを浮かべた事を、ジェイクは知らない。
***
そして時は今に戻る。ジェイクが梔子に指示された通り、朝の7点鐘を合図にグローリアに向かうと、学園でもまた鐘が鳴るところだった。と、学園の入り口に見慣れた顔が2つある。
「ふふふ、きたか」
「ジェイク、遅いわよ!?」
「ルースにネリィ? なんでここに?」
校門の前に立っていたのはルースとネリィの2人だった。2人ともジェイクに次いで歳の大きい7歳と9歳だが、字の練習を一緒にしていたのだ。ジェイクにとって悔しい事にこの2人はジェイクよりも頭がよく、ジェイクよりも早く字が書けるようになっていた。もっともルースの方はまだ幼い話し口が抜けていない。
その2人がなぜ校門の前にいるのか。
「どうしたんだよ、お前ら」
「私達もグローリアに通うのよ」
「じぇいくが、がっこうなるものにかようときいてね。きのうみりあざーるをおどし・・・いや、たのみこんで、ぼくたちもかようことにしたのさ」
もちろんルースが脅したのである。ルースはどこからかミリアザールがお菓子を買うために、こっそり仕事を抜け出している現場を何度か抑えていた。そのことを梔子の前で告発する準備があると脅したのだ。ばらされたくなかったら自分達も学校に通わせろとして。もちろん費用は全額ミリアザール持ちである。このルースは悪い事ばかりに知恵の回る子どもだった。
だがジェイクはそんな2人を見て、さほど気にした様子もなかった。
「ふーん、そうなのか。じゃあ一緒に通うか!」
「あ、ちなみに私はジェイクと同じ教室らしいわよ!?」
「げ、ネリィは年下なのになぜ!?」
「ふふーんだ。私が優秀だからに決まってるでしょう?」
「うう、なんか悔しい・・・」
そう言って駆けて行く2人の後ろから、ゆっくりとルースが歩いている。
「ふふふ、じぇいく。たのしいのも、いまのうちさ。すぐにあかっぱじをかかせてあげるよ、ふふ、ふふふふ・・・」
ルースが7歳とは思えない様な忍び笑いをしながら、ゆっくりと歩いて行く姿を、周囲の生徒達は変な目で見ているのだった。
***
そしてジェイクは指示された通り教官室に向かう。なんとなく校門をくぐった時から予想していたことだが、この学園は無駄に広く豪華だ。廊下はゆうに7人はすれ違えるくらい広いし、中には庭園まである。天井も高く、巨人が歩く事を想定したかのようだ。一方で別の棟に向かう廊下の広さは、この棟の半分もない。また大理石でできたこの教室棟に対して、隣は木造という、何とも統一感に欠けた建物だ。そしてこの建物は授業を行うためだけに作られた棟ということだったが、ジェイクが今まで入ったどの建物よりも大きかった。こういうのがお城と呼ぶのではないかと、ジェイクは思うのだ。
さらに中入って行くと、既に四方は色々な建物に囲まれ、外は一切見えない。まるで一つの町に入り込んだかのような錯覚さえ受ける。実際この学園は最初こそ木造建築の質素な建物だったが、各国の主要人物が通うにつけ、寄付などが自然と集まりこのように増築・改修が繰り返され、統一感の無い迷路のような建物となっていった。
そしてジェイク達は教官室に行くと、大人しそうな眼鏡の男性が対応してくれた。彼がどうもジェイクの担任というものらしい。ルドルと名乗るその教師がとりあえず教室に行こうと言うので、彼に案内されるジェイク達。学園の案内は、休憩時間にでも各教室の生徒代表に任せようということらしい。そしてジェイクとネリィは下から二番目のクラスに、ルースは一番下のクラスに案内された。
グローリアは生徒の能力、習熟度によってクラス編成される。おおよそは同じ年の人間で編成されるが、クラスは6階級。便宜上一年生、二年生と呼ばれるが、同じ学年だからといって歳が同じとは限らない。また優秀であれば、課程によっては飛び級することも可能である。エルザなどが良い例だ。
されにそれぞれの階級が5~6分割されていた。一教室40人近くいることを考えると、かなり人数は多い。なお上から2番目のクラスにもなると、騎士、あるいはシスターや僧侶として、実地での訓練が開始される。他にも希望者や見込みのある者は特別に選抜される事もある。一番上のクラスは、既に実地に向かう者も多い。ほぼ騎士の予備と考えていいだろう。
「ここが貴方達の教室です、ジェイク、ネリィ」
ルドルが彼らを教室へと案内した。表札には2―Aと書いてある。教官は2人の顔を見ると、軽く頷いて彼らを教室に誘った。中では教官についてきた彼らを見て、「編入?」「どこの子達だろう?」「噂はなかったよな?」と、既にざわめきが波のように起こっていた。
だがそのざわめきも、教官が一つ咳払いをすると、すぐに治まる。
「君たちに紹介しよう。彼らはジェイク君とネリィ君だ。今日から君達と共に学ぶ。彼らを歓迎するように!」
「教室を代表して、代表であるデュートヒルデ=オルフェリア=リヒテンシュタインが挨拶させていただきますわ。ようこそジェイクさん、ネリィさん。ワタクシ達はあなた方2人を歓迎いたします」
ルドルの言葉に応じるように、縦ロールの金髪に青眼の、いかにも貴族の風体をした高級そうなドレスに身を包んだ生徒が、澱みなく挨拶する。それと同時に教室からは拍手が巻き起こった。ネリィはそれを受けてお辞儀をしたが、ジェイクは素直にはお辞儀をしなかった。なぜなら、そのデュートヒルデという女の子が、いかにも2人を高い所から見下すような目つきをしていたからである。ジェイクには初日から嫌な予感があったのだった。
***
そして午前中の授業が終了した後、ジェイクは見事に燃え尽きていた。共通言語を学んだとはいえ、基本的にジェイクは無学である。下から二番目のクラスでさえ、授業内容がわかるはずもない。まるで異世界の言葉を聞いているように彼には思えた。ネリィは顔を輝かせながら聞いていたのできっと理解しているのだろうが、どうして理解ができるのかジェイクには不思議でしょうがなかった。
そんな真っ白になったジェイクの元に、先ほどのデュートヒルデとネリィが訪ねてくる。
「ジェイク、お昼ご飯をデュートヒルデさんが一緒に食べないかって」
「ここには学食がありますが、あのような庶民の食べ物はワタクシの口には合いませんの。執事に命じて特別に日々料理を作らせております。よろしければそちらまでいかが? 貴方達の出自なども気になりますし。この時期に急に入学してこられるのですから、さぞかし高名な御家柄なのでしょうね」
デュートヒルデはその縦ロールが自慢なのか、しきりにかき上げて主張している。その仕草もジェイクは気に入らないが、一番気に入らないのは彼女の目だった。デュートヒルデと、その後ろに続く生徒達がジェイク達を値踏みするように見ている。どうやらジェイク達の出自に関して盛大な勘違いをしているようだが、ネリィは気づいていないのだろう。ネリィは頭こそ良いが、多少鈍感な所もあるのだ。だが、その方が幸せかもしれない。
そしてジェイクはデュートヒルデのような人間が一番嫌いだった。高貴な家柄というだけで、あるいは親が金持ちというだけで自分の能力と勘違いして威張り散らす人間。自分の力で成した事ならまだ我慢もできようが、この手の連中がジェイクは大嫌いだった。ミーシアでも高台に住んでいる人間達とは折り合いが悪かった事を彼は思いだす。そういった連中とも上手く折り合えるようにミリアザールが学園にジェイクを入れたわけだが、言われてすぐ実行できるほどジェイクも大人ではなかった。
「いや、俺はいいよ」
「あら、このワタクシがお誘い申し上げているんですのよ?」
「知らないよ。服装を見ればわかるだろうが、俺達は庶民だし、そんな高級な料理は口に合わない。マナーも知らない。学食があるらしいから、それで十分さ。行くぞ、ネリィ!」
「え?」
そのジェイクの態度に呆気にとられておろおろするネリィ。その隣ではデュートヒルデが不機嫌を露わにしている。その顔を見て、取り巻きの一人がジェイクの肩を掴もうとしたが、ジェイクはいち早くその手を払うと、さっさと教室を後にした。
ネリィはどうしようかとまごついていたが、デュートヒルデにぺこりとお辞儀を一つすると、ジェイクの後を追いかけたのだった。
そして教室に取り残される格好になったデュートヒルデ。
「あの子、ワタクシの好意を無碍にするとは・・・屈辱ですわ」
デュートヒルデの瞳に、静かに怒りの炎が燃え上がるのだった。
続く
次回投稿は、5/6(金)20:00です。