戦争と平和、その562~廃棄遺跡中層㉒~
「俺がちょっと寝ている間に、これほど世界が動くとは――どうなっているんだ!」
「不満もそうだが、それをどうにかするために動いている。あなたはウッコのことも直接知っているはずだね」
「そうだ。当時若い竜だった俺は直接戦ってはいないが、当時の光景は覚えている。数々の種族が天空から落下してくる光景は、いまでも夢に見るほどだ。酒でも飲んで泥酔せにゃあ、悪夢に毎日うなされるんだよ。
誰が攻撃しても、ダレンロキア様でもエンデロードでも有効な一撃にならず、唯一有効打を放った白銀公が負傷した時には目の前が真っ暗になった。
管理者シモーラが捨て身でレーヴァンティンを振るってくれなければ、この大陸の生物は絶滅していただろう。それでも、大陸が三つに分かれるほどには変形したがな。
だが、この遺跡にそのウッコがいるというのは信じられんな」
「ふむ? なぜそう思う?」
アースガルの疑問に、ノーティスは鼻を鳴らした。
「さきほど、お前たちは大陸を覆うほどのウッコの魔力を感知したと言ったな? だがウッコとアッカが揃っていた時ならいざ知らず、あれらは単体ではそれほど強い魔獣ではない。せいぜい全力でエンデロードやダレンロキア様と互角か、少し劣る程度だ。
イグナージであれば、正面勝負で叩き潰せる相手だろう」
「どうしてわかる?」
「俺の当時の役目は後方支援と、戦況の取りまとめと報告だ。だから俺は他の種族や、和解ながらもそれぞれの種族の立場が上の者とも会話する機会に恵まれ、多数の知恵を授けられた。そのせいで『知恵の真竜』などと呼ばれる羽目になり、面倒なことになったわけだが」
ノーティスがうんざりするような表情をしたが、グウェンドルフは疑問でそれどころではなかった。
「うん? それはおかしくないか? それならばなぜ、それほどかつて手を焼いたのだ?」
「言った通りだ、攻撃が通じなかったんだよ。どういう理屈かは知らんが、魔人たちの大魔術も、古竜のブレスの集中砲火も全て無効だった。向こうの一撃一撃はそこまで強くなくとも、二体が協力して放つ『天の火』が防御不能の広範囲殲滅攻撃だった。しかも多少の間はあるにしても、使用回数はほぼ無制限という凶悪さだ。
だから、いかに古竜や魔人がいなくなった世の中とて、ウッコ単体の魔力で大陸を脅かすほどの波動が放たれるとは思えんのだよ。しかも、シモーラが致命傷まで追い込んだのだ。レーヴァンティンで付けた傷は治癒不能だ。治るとは思えないのだがな。
生きていることすらいまだ信じられぬ」
「では、我々は関知した魔力はなんだと?」
アースガルの質問にノーティスはしばらく考え、一つの仮説を告げた。
「・・・中層にいる、全生物の魔力の総和じゃないのか?」
「遺跡の中層に、それだけの生物が?」
「遺跡のことは秘匿されていたからな、俺も詳しくは教えてもらえなかった。だが遺跡の魔獣はおおよそ地上の個体よりも強い。中には伝説の七体の魔獣や魔人を上回る者がいても、全く驚かんね」
「ふむ、だから波長に様々な特徴が混ざっていたのか。もしかして、他の導師も気付いていた・・・?」
「ま、遺跡の番人なんかには魔力とは関係ない機構で動く連中も多いようだが」
「それは機械仕掛けの人形とか、そういうものか?」
「それにしても高度な技術だがな。どうやっているのかは、俺も全くわからん。シュテルヴェーゼに一体捕獲するように頼んだが、怒られた。私の身と、自分の興味とどちらが大事なんだとな。思えばあのあたりから喧嘩が増えて・・・」
「ふむ、人間的に言うと『地雷を踏んだ』とかいうやつだな」
「グウェンが俗語を使いやがったぜ、おい・・・時代は変わるもんだな」
アースガルは悩み、ノーティスはグウェンドルフの考え方の変遷に感じ入ったようだった。そうしながら彼らは歩みを進めるうち、妙な場所に立ち入ったことに気付いた。そこは真竜や古竜ですら背伸びをしても全く問題ないほどに天井が高く、場所によっては羽ばたくことすらできそうだった。
さらには、天井と地上を結んでいるのがただの柱ではなく、何かを閉じ込める檻のようなものだと気付いて、彼らは興味深そうにのぞき込んでいたのだ。
「これは・・・なんと透明度の高い硝子なのか」
「硝子じゃねぇな、透明な鋼のようなものだ。鉄のハンマーでオークがぶっ叩いたくらいじゃびくともしない強度だ。俺たちでも全力で何度か蹴り飛ばしてようやく壊れる代物だな」
「中にあるのは水か?」
「どうだろうな、透光性を見る限り、純粋な水じゃなくて・・・沈殿物や浮遊物がありやがる。培養液か?」
「培養液?」
「水槽みたいなものだ、何かを飼ってたんだろ」
中に何も入っていない柱もあれば、液体が入っているものもある。そうして進むうち、柱の中で何かが動いた。思わず身構える三体。
続く
次回投稿は、7/30(木)23:00です。