戦争と平和、その558~廃棄遺跡中層⑱~
見ればティタニアがそこに倒れていたが、息も絶え絶えの状態だ。だがその腕には、レーヴァンティンがしっかりと抱きしめられていた。
「まさか、これを抱いて飛び降りた?」
「なんて無茶。胴体が真っ二つになっていてもおかしくない」
「それはそうだけど――いや、待って。おかしいな」
レイヤーがレーヴァンティンの柄を握りながら、何やら不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「この剣――情報がない」
「え?」
「他の兵器と同じように、旧時代の遺物であることはわかる。だけど、それ以上がまったくわからない。これはなんだろう?」
「――統神剣、だそうです」
レイヤーに抱えられたティタニアがゆっくりと目を開けた。だが息は上がっており、上下する胸も小さく、呼吸が苦しそうだ。
それでもティタニアは説明を続けた。
「この剣はおそらく、かつての文明が崩壊する際に作られたもの。今の魔王やオーランゼブルなど比較にもならぬ強大な敵を相手に、人間が抗うために作られたものだとか。
だがまだ不完全。一太刀でも振るえば大地の形を変えますが、資格なきものが使えばその身を滅ぼします。これは私の中に封じられた大魔王ペルパーギスを滅ぼすに足る武器でしょうが、あまりに力が過剰。ですが、なんとしても先ほどいた魔獣を殺さねば」
「振るう気?」
「ええ、命に変えても。ですが、振るえば代わりにペルパーギスが復活するでしょう。それを成し得てよいものかどうか、今悩んでいるところです」
「そこまで責任を持たなくてもいいんじゃない? 自分が死んだ後のことなんて、知ったことじゃないでしょ。それとも、誰か大事な人がいる?」
レイヤーの冷めた言葉にルナティカはやや忌避の感情を示したが、ティタニアははっとしていた。そうだ、確かに自分が死んだ後のことまで考え必要があったろうか? 剣を捧げるべき英雄は見つからず、一族の使命は果たせない。だがそもそも、人生で成すべきことを成し遂げられず死んでいく者の、なんと多いことよ。
自分がそうなったとして、誰も責める者はいない。その時脳裏に浮かんだのは、ジェイクの顔。ペルパーギスが復活すれば、なぜか彼が先頭に立つ光景が想像されたのだ。
まだ、まだ早い。ティタニアは腹に力を込めると、体を起こした。
「大事――かどうかはわかりませんが、これが私の生き様ですので。あなたにとやかく言われたくはありません」
「・・・そう。なら何も言わない。だけど、その剣は僕が振るう」
「できるとでも? 古今東西、あらゆる神剣魔剣に親和性を示す私が振るうこともできないのに――」
ティタニアが疑問を投げようとして、レイヤーがレーヴァンティンをひょいと奪い取った。それはあまりにあっけなく無造作で――思わずティタニアもルナティカも、瞬きして目を見合わせてしまった。
レイヤーは剣を手に取ると、ひゅん、と振って見せる。
「別になんともないけど?」
「・・・馬鹿な、手に取っただけで燃え尽きた人間も多数いるというのに。まして冗談でも振るうともなれば、その威力を制御できなくて当然だったのに。まさか、あなたが正統な所有者?」
「正統かどうかはわからないけど、これが使えるってことは、さっきの化け物は僕がやった方がいいんだよね? 死にかけの貴女よりは目がありそうだから、僕を選んだんじゃない?」
「いや、そんな打算的な剣では・・・」
ティタニアがあせあせと言い訳の様に理由を探すが、ルナティカはふと気になったことがあってティタニアに質問した。
「剣帝ティタニア、あなたはさっき、この剣のことを統神剣と言った?」
「ええ、そのような剣の過去を見ましたので」
「ここには――遺跡の遺物として、恐ろしい威力の武器が沢山ある。レーヴァンティンなんて使わなくても、おそらく、ウッコはここの武器を使えば殺せると思う。ウッコだけじゃなく、真竜や魔人、幻想種や古代の魔獣だって。
なのに、この剣をわざわざ作った? どうしてだと思う?」
「それは――邪神を討伐するために、だそうですが」
「どうして魔法じゃない? どうして、遠距離の武器じゃない? 剣なのはなぜ? 神って、何者?」
突然、ルナティカが堰を切ったようにティタニアを問い詰めた。なるほどと思わないでもなかったが、ティタニアは答えるすべも余裕ももたぬ。レイヤーが詰め寄るルナティカを引き留めた。その時、ルナティカの瞳の銀色がより一層燃え上がり、体から銀色の気功が立ち上ろうとしていることにレイヤーは気付いた。
「ルナ、落ち着いて」
「レイヤー、でも」
「・・・私が見た記憶では、女神か邪神かと言っていました」
「女神・・・邪神」
ルナティカが刻み込むように、その言葉を反芻する。そしてティタニアが続けた。
「ルナ、今はそれよりも――」
「いえ、少年。それほどまでに気になるのなら、ルナティカの宿業に何か大きな意味があるのかもしれません。私よりも詳しい者に思い当りがあります。聞いたとして、素直に答えるかどうかはわかりませんが」
「誰、それは?」
ティタニアは告げようかどうしようか悩んだが、告げることにした。自分が死ねばこの情報も途切れるのだ。それよりは、ここで出会ったこの二人は運命かもしれないと考えた。
「黒の魔術士の中に、ユグドラシルという少年がいます。何をしていたのか、あるいは何をしているのかも定かではなく、名前すらも偽名のようですが、オーランゼブルも一目おいているようでした。
いえ、ひょっとしたら、仲間ですらなかったのかもしれない。彼はもっと――そう、もっと古い存在なのではないかと」
「どういうこと?」
「レーヴァンティンの記憶の中に彼らしき人物がいました。文明が滅びんとしている最中、彼が部屋の中に駆け込んできたのです。彼は――この遺跡ができた瞬間を知っているのかもしれない。聞くなら彼です」
「そのユグドラシルとやらはどこに?」
「さぁ――そこまでは」
ティタニアも首を振ったが、その当のユグドラシルがこの遺跡の中にいるなどと、彼らには予想すらできなかったのである。
続く
次回投稿は、7/22(水)23:00です。