竜騎士三人、その9~皇女との約束~
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翌朝の事。
アルフィリース達が起きた時には、既にルイ達は宿を後にしていた。一言挨拶をしたかったアルフィリースだが、また会う事もあるかとアルフィリースは思いなおす。
その後軽めの朝食を済ませて出立のため外に出ると、既に外にはアンネクローゼの部隊が整列をしていた。ドーチェも既に起き上がっている。ユーティの治療が功を奏したのだろうが、やはり竜の生命力は並ではない。
「それにしてもあの寄生虫って何だったのかしらね?」
「さぁねぇ~世の中には不思議な生き物がいるわよねぇ」
「鍋の妖精とかですね」
「そうそう、ワタシは不思議な生物・・・って、違ーう!」
リサにからかわれてユーティが騒ぎ出したが、いつもの事なのでリサに任せておいた。あまり騒ぐと、最近はイルマタルがユーティをかじって黙らせてくれるので便利だ。部隊を整列させて、何やら指示を飛ばすアンネクローゼとアルフィリースの目が合う。
「あ、おはようアンネ」
「おはよう、アルフィ」
2人は軽く微笑み、既に長らく付き合った親友のようだった。まだ出会ってから半日程度しか実際には経っていないのに、不思議な親近感が彼女達の間に漂っていた。
「アルフィはこの後どうするのだ?」
「うん、もうこの町を出て北街道をまっすぐ行くよ?」
「アルフィ、そんな簡単に自分の進路を教えて・・・」
「それは止めた方がいいな」
ミランダがアルフィリースの軽率な行動を窘めようとしたが、その前にアンネクローゼが警告をしたのだ。
「ここから先にはヴィンダルの兵士が検問を張っている。直にこの町にも調査隊が来るだろう」
「え、じゃあどうしたら」
「ここから北側にある丘を突っ切り、森を抜けるとローマンズランド領になる。さらに進んで荒野を突っ切り、ピレボス山脈近くまで行くと、ピレボスに向かう山道が見えてくる。魔物も出るし決して安全だとは言い難いが、警邏とは無縁の地域だ。追手の心配はまずあるまい」
「あんたの言葉を信用しろと?」
ミランダがまだ疑い深げに尋ねるが、アルフィリースは既にアンネクローゼの言葉を信じていた。
「信じるわ、アンネ」
「ああ、ローマンズランドの皇女の名にかけて誓おう」
「まったく、お人好しなんだから」
ミランダがため息をついたが、それもアルフィリースの良さである。ミランダは既に諦めていた。
「そのままピレボスを越えて、人跡未踏の地に入っちゃうなんて事にはならないだろうね?」
「それはないだろう。道なりに行けば、そのまま東に向かうようになるはずだ」
「なるほど、紛争地帯に入っちゃえば、多少どこを通っても同じか」
「そうだな。紛争地帯を抜けた所で北街道に合流すればいいだろう。詳しい地図を渡そう」
アンネクローゼが部下に指示して、現状で把握できている戦線の様子をアルフィリース達に教える。そのまま地図をアルフィリース達はもらい、おまけに追加の食料までアンネクローゼに渡された。
「至れり尽くせりだな。逆に気味が悪いよ」
「そう言うな。こっちとしては命をかけてドーチェを救ってもらった恩は、これだけでは返しきれないくらいだ。それに昨日、アルフィリースがついでに乗っている竜に関して、色々な助言を竜騎士にしてくれたろう? そのせいで部下達も非常に感謝していてな。これは隊の総意だと思ってくれていい」
「アタシらを見逃しても咎められないのか?」
「それはヴィンダルの責任だな」
「うわーそういうこと言っちゃう?」
「もちろん冗談だが、実際そういうことになる。私達は善意で国外まで出て活動したのだからな?」
「こいつ絶対悪い女だ」
「そなたに言われたくない」
アンネクローゼとミランダのやり取りに、竜騎士達が小さく笑った。ドーチェもまた「グルルル!」と同意するように唸った。どうやら本来は気のいい人間達らしいこの部隊と、本格的に争うことにならなくて本当に良かったとアルフィリースは思うのだ。
「ありがとう、アンネ。また会いたいわ」
「ああ、私もだよアルフィ。確か傭兵団を作るんだったな?」
「ええ、昨日お風呂で話した通りね」
「アルフィの傭兵団を必要としたら、私が雇ってもいいだろうか?」
その言葉を聞いて、アルフィリースの顔が輝く。
「もちろん! 大口の依頼は歓迎よ」
「おいおい、私から搾り取る気か?」
アンネクローゼが肩をすくめて見せたので、アルフィリースはその様子がおかしくて微笑む。アンネクローゼはもっとお堅い人間だと思っていたからだ。仲良くなっただけでなく、昨日何かあったのかもしれないとアルフィリースは思う。
その予想通り、昨日のルイとの話し合いで、アンネクローゼの肩からは、一つ大きな荷物が降りていたのだ。その分だけ、アンネクローゼは開放感を感じていた。
「あはは。まあその時はよろしく頼むわね」
「こちらこそな。傭兵に行き詰まったら私の所に来るといい。士官の口なら紹介しよう」
「そうね。できたら傭兵でいたいけど、もしどうにもならなくなったらお世話になるわ」
「うむ、達者でな」
「そっちこそね」
それだけ会話を済ませると、アルフィリース達は足早にその場を去って行った。その後ろ姿を見送り終わると、アンネクローゼは部下に命令する。
「よいか! 我々は視察の途中、住民からの報告を受けて疑わしい者達を追跡するも、人違いと判明。そして私の竜が体調を崩したことにより、これ以上の追跡は不可能と判断し、後はヴィンダルに任せることにした。異論は!?」
「「「ありません!」」」
「グルルル!」
竜騎士達と、ドーチェ、アルロンが同時に返事をする。その返事に満足し、アンネクローゼは良い出会いに感謝するように空を見上げるのだった。
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話は変わる。ここは聖都アルネリア内にある深緑宮。ジェイク達がここに訪れてから、既に3カ月が経過していた。
「なんで俺が学校に行くんだ・・・急すぎるってーの」
ぶつぶつと文句を言いながらも、聖都アルネリアの一画にある学園に走って向かうジェイク。なぜこんなことになったのかというと、それは昨日の夜の事だった。
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「ジェイク。おぬし、明日から学校に行け」
「は!?」
突然ミリアザールに呼び付けられたかと思うと、ミリアザールが書類の山を片づけながらジェイクに告げたのだ。
「なんでまた急に」
「急というわけではない、まあ予想より時期は早いがな。いずれしようと思っていた話ではある」
ミリアザールは梔子が淹れた茶をすすりながら答える。
「もう読み書きはできるのじゃろう?」
「ああ、それは大丈夫だ」
ここ3カ月で共通言語の読み書きをジェイクは習得していた。もうリサの手紙が来ても一人で読める。
今は魔術書などに使われる魔術言語を勉強している最中だった。他には鍛錬と、基本的な騎士の業務などを手伝っている。いわゆる従騎士の、さらに見習いといったところだ。
「ならば学校に行って色々な事を学べ。ワシらも最近は忙しい。以前のように、アルベルトやラファティもお前の相手ばかりをしておるわけにはいかんでな」
「う~ん、行かなきゃだめか?」
「当然じゃ。同じ年頃の人間と触れあうのは大切じゃぞ? 何か気にしているのか?」
「いや、アルネリアの学校っていいとこのガキが多いって聞いたからさ。上手くやっていけるかなって。つい殴っちまいそうだ」
その言葉を聞いてミリアザールはきょとんとした。ミリアザール自身もすっかり忘れていたが、アルネリア教会付属の学問所であるグローリア学園は、各国から貴族の子弟、時には王族の子弟が学びに来る事もある場所だった。
この当時、学問を学ぶにはカザスの出身である学問の都メイヤーが一番であった。だが学問の都というのは学問所によってかなり教える課程も偏っており、また大学ごとで利権争いなどの競争が激しかった。激しい時には学校同士の暴動に発展する事もある。なぜそのような争いが起こるかというと、メイヤーの学問所に通う子ども達は多くが貧しい階級の子ども達であり、学問によって身を立て、いずれ出世をと考える人間の集まりである。その中では、もちろん人を蹴落とすような状況も生まれる。そのような争いの場に自分の子どもを通わせたくないというのが、大方の貴族の見解であることが一つ。
もう一つは、貴族や王族は学問だけできればよいというものではない。むしろ学問は部下に任せ、自分達は剣技、さらには社交界での礼儀作法が優先される。社交界での礼儀作法など、早くに平和を得ることができた大陸東部の人間達特有の感覚かもしれないが、少なくとも東部地域においては学問は優先順位の高い事項だった。
その点でグローリア学園はその時代の要求に応じ、騎士剣の訓練から礼儀作法の事まで教えることができ、いまや東部各国の貴族にとってはグローリアに子どもを通わせることは、一種の標準的な作法となっていた。
むろん、これはかつてのミリアザールが仕向けたことだ。こうしておくことで各国の主要人物の次世代を観察できるし、もっと悪く言えば人質を取ったにも等しい。さらにここで施される教育で彼らは成長していくわけだから、好くなくともアルネリア教に一定の恩義は感じるだろう。そうすれば、将来的にアルネリア教への反発を防ぐ予防策にもなる。
最近では口無しのメンバーを教師、時には生徒として潜り込ませてあるため、定期的な報告を受けるだけになっていたが、実に多くの貴族、時には宰相や王までもがこのグローリアを卒業していたのだった。その代償として、平民がこのグローリアに通いづらくなってしまったのはどうしても否定できない。もちろんアルネリア教会が預かる孤児なども通うので、常に一定の割合以上では庶民が存在するのだが。ジェイクが彼らに気後れするとはミリアザールは思わなかったが、庶民ということで絡まれ、喧嘩になったら面倒だろう。
何せ今のジェイクだと、同世代の連中と喧嘩すれば半殺しにしかねない。いつもアルベルトやラファティにかかっていく感覚で同級生と喧嘩をすれば、そうなる可能性は大いにあった。既に一般の騎士とは、木剣限定ならかなりやりあえるようになっているジェイクは自分の実力をなんとなくわかっていたので、彼自身がその可能性を示唆したのだ。
続く
竜騎士三人とは、アマリナ、アンネクローゼ、アルフィリースのことですね。ここではまだ印象が薄いかも知れませんが、この三人のことは頭の片隅にとどめておいてもらえればと思います。
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次回投稿は、5/5(木)20:00です。
次回から新シリーズです。サブタイトルは「ジェイクの新しい生活」です。