戦争と平和、その554~廃棄遺跡外周⑨~
「ここは?」
「中層、下層への通路、自動昇降機という。知識がなければ意味すらわからないだろうな」
「なぜその知識があるので?」
「遺跡には詳しいのでね。こんなことばかり研究しているからだよ」
テトラスティンが早速起動させた自動昇降機を見て、シェバが唸る。
「テトラスティン、あんたやっぱり噂は本当だったのか」
「噂とは?」
「あんたが何百年も生きているっていう噂さ。遺跡の研究は魔術協会でも部署があったが、こんなものを即席で動かせるほど研究は進んじゃいないはずだ。最初からここの存在を知っていたね?」
「半分正解で、半分不正解だ。ここの存在は知っていたし、前から出入りをしていた。もちろんミリアザールには内緒だし、そもそもミリアザールに近づいたのはこの遺跡のことに関する情報をより手に入れるため、という理由もあった。彼女に惹かれたのは本当だがね」
「不正解とは?」
シェバの質問と同時に昇降機なる地面が到着し、テトラスティンは全員を促すとそれを起動させるために、浮き出た光の石板のようなものを操作し始めた。低く地面が唸り沈み始めると、テトラスティンが答える。
「私が生きているのは数百年ではない、千年以上だ。そして私は遺跡に数百年の間、籠っていたのさ」
「千年・・・あんた、不死者かい」
「望んだわけではないが、そこのリシーもそうだ。子どもの遊びの最中に偶然遺跡に閉じ込められて数百年が経過した。理由もわからず不死者にされ、ずっとこの世を彷徨っているのが我々だ。
望んだ生ではないが、時に面白くもあり、そして世界を呪う理由でもある。私はまだマシな方だが、同じ質問をリシーにはするな。首を飛ばされても文句は言えないぞ?」
テトラスティンのその言葉にも、リシーは無言で背後に控えている。ガルチルデが猛禽が静かに佇むようなその居住まいに、ごくりと唾を飲んだ。
「リシーに正気はほとんど残っていない。自動的に敵とみなした者を排除し、私に付き従うだけだ。命令に従う分、昔よりも随分とやりやすくなったがね」
「秘書じゃあなかったのか?」
「隷属の魔術で従わせてる奴隷と同じだ。有能なことに変わりはないが、決められたこと以外でもはや自分の意志を表出することはほとんどなくなった」
「むごいことを」
シェバの意見に、テトラスティンはふっと笑った。
「むごい、ね。隷属の魔術がなければ、私はリシーに八つ裂きにされ続ける。そういう関係性なのさ。私が魔術の知識がほとんどない頃から、隷属の魔術を自らのものにするまでの五十年間、私はリシーに八つ裂きにされ続けた。斬られ、抉られ、噛み千切られ。死にながら魔術を体得したわけだが、どちらがむごいかね?」
「・・・むぅ」
「シェバ、多少賢しくなったとて自らの物差しで私たちを測るな。不愉快だ」
テトラスティンの壮絶かつ冷たい言葉に全員が沈黙し、しばらくすると昇降機が止まった。正面の扉が開くと、そこには自動的に証明が灯る。目の前に広がったのは金属質の狭い部屋。よくある一軒家の今ほどの広さの部屋に、彼らは到着していた。
「ここは?」
「本来は中層の受付――なのだが、今は誰もいない。中層の様子は本来、ここから知ることができる」
「どうやって?」
「光の石板だ。扱い方も知らなければ、中に入るしかなくなるがな。中層は五層で構成され、一層の広さは聖都アルネリア10個分。上層の迷路が可愛く見えるほどだ。端から端まで探索するなら、一年でも足りないだろう」
「どうやって知った?」
「アルネリアができる前から遺跡そのものはあったのだ。ここは本来浄化の遺跡――アルネリアがここに出来たのは、浄化の遺跡の残存機能を利用した、豊富で正常な水源があったからに過ぎない。
アルネリアができる前から私は遺跡を観察し、研究し、ここには出入りしていたよ。下層にもね」
「その割には、魔術協会には遺跡の技術が応用されてないじゃないか」
シェバが嫌味とも思える言葉を吐いたが、テトラスティンは平然と反論した。
「この遺跡は危険だ。浄化の遺跡は本来上層だけで、中層・下層はまったく別の機能を持たされたものだ。大陸には七つの本物の遺跡があるが、ここは八番目の遺跡と言い換えてもいいかもしれない。いや、本当はここだけが『遺跡』と呼んでもいいものかもしれない。
ともあれ、ここに封印されているものは全て危険だと判断した。だから一つも持ち出していないし、本気で研究もしていないのさ。ま、私にとって興味がなかったからともいえるかな」
テトラスティンは光の石板を操作しながら答えていた。次々に浮かぶ石板に、光の点が次々と浮かぶ。それを見ながらテトラスティンは渋い顔になった。
続く
次回投稿は、7/15(水)24:00です。