戦争と平和、その552~廃棄遺跡外周⑦~
「知ったのね、アルネリア教の異常を」
「ええ、先ほどの光景を見たあなたなら納得できるわね? 私自身の性癖ももちろん問題だけど、私はアルネリア教が恐ろしくなった。まだ悪意があって人を害するのはいい。だけど悪意もなく他人を害するのは異常だわ。ましてそれが善意ともなれば、なおさら。
私はアルネリアと距離を置きたくなった。任務を放棄し、偽名を使って傭兵となり、逃げるように辺境で戦ったわ。ゼムスの仲間になったのも、彼の仲間であれば簡単に消されないと思ったから。私は巡礼としてアルネリアの内部を知り過ぎた。本来ならアルネリアは見逃してくれないはずだったわ」
「どうして見逃されたわけ? アルネリアの力をもってすれば、ゼムスごと消すこともできたはずなのに」
「おそらく――最高教主は本当に知らないのよ。最高教主は知らず、誰かが全てを操っている。私は個人的に最高教主のことは嫌いではなくて、むしろ共感していたわ。だから何とかして最高教主に――ミリアザールに今回のことを伝えたかったけど、あの場にはいなかった。出てこれないのか、それとも他の事情があるのか」
「何を伝えるのかしら?」
エネーマは一つ深呼吸をして、青ざめながら語った。
「――私は何が本当に異常なのか、わかった気がする。いつも感じていた違和感、それを目の当たりにしたわ。ライフリング、あなたもそうでしょう?」
「ええ、私も理解したわ――エネーマ、私はゼムスの仲間を抜ける。使命を見つけたもの」
「使命?」
「ええ、私の血の使命。私もあなたと同じく、使命から逃げた者だわ。どうしてエリクサーの製法を語り継がければいけないのか、いつも疑問だった。一族の末席だったんだから、そんなもの拘らなくていいのに、どうしてレシピだけを延々と継承しなくてはいけないのか。いつも疑問で、苛ついて、ある日全て投げ出して逃げた。私にこだわらなくても、優秀な妹にでもやらせておけばいいと思ったから。回復魔術がアルネリアで普及する昨今、薬師の使命なんて廃れたと思ったから。
だけど、違ったわ。異常なのは今の常識の方。私たちの方が――私たちの一族が伝える常識こそが当然だった。あれは、駄目だわ。あんなのは――」
「よう。何を見たんだよ、あんたら? あんたらみたいな女が、そんな怯えた目をしてよぅ?」
ヴァルガンダが質問をしたが、エネーマとライフリングをもって、その先は憚かられるようだった。だが白藤がしごくまっとうなことを言う。
「御二方。どのみちあなたの仲間というだけで、もしあなた方のどちらかが危険視されれば、私たちもまとめて消されるだろう。私たちだけが聞いていない、などという言い訳が通ると思うか? 降りかかる火の粉を払うためには、私たちも事情を知っておいた方がいい。
戦力的にあなたたちほどではないにせよ、せめて自分の生き様くらいは自分でなんとかしたいものだ」
「――そうね、知っておいた方がいいかもね。ではあなたたちに真実を話します。ただ、その責任を負いきれなくても、知らないわよ?」
エネーマは見たままを語った。事実を、そして自分の巡礼としての経験から導き出される推測と結論を語った。その説明を聞いて四人はエネーマ以上に青ざめ、狼狽した。
「それ・・・マジで言ってんのかよ」
「では、我々が目指しているものとは・・・」
「いえ・・・でも、そう考えれば納得できる節も・・・」
「・・・世の中全てが欺瞞かもぉ」
「私の語ったことが真実でないにせよ、真実に近い位置にはいると思う。だけど、我々が何を叫んだとしても聞いてもらえることはないでしょう。我々は身分の不確かな傭兵で、その中でもさらにつまはじきもの。私たちのことを煙たがっている者は多いでしょうし、アルネリアをありがたがる者の方がはるかに多い。アルネリアの声は大きく、我々の声は他人に響かない。
さて、良い案がある者は?」
エネーマの言葉に、全員が顔を見合わせた。そしてここでもヴァルガンダが口火を切る。
「――アルネリアがだめなら、オーランゼブルしかないんんじゃねーの? アルネリアと敵対してるんだろ?」
「――そうなるのかしらね。でも今更彼らの元へは――」
「オーランゼブルはだめだ」
そこに突如として現れたのは、小兵の魔術士と、背後に佇む女騎士だった。女騎士は腕の中にシェバを抱え、気配もなく佇んでいた。そして小兵の魔術士は男らしいのだが、こちらもまた気配なく出現したことで、エネーマ達の警戒を最大限に上げたのだった。
続く
次回投稿は、7/10(金)24:00です。