戦争と平和、その551~廃棄遺跡外周⑥~
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「う・・・いってぇ。お前ら無事か?」
「え、ええ・・・なんとか」
「っっ~、斬られた腕に響く」
「だから宿で休んでなさいと言ったのに、白藤」
シェバの弟子たち四人は、グウェンドルフと番人との戦いの余波で吹き飛び、横道の中の随分と奥深くで身を起こしていた。シェバの操作する絨毯が咄嗟に彼女達をくるみ、岩戸の衝突から身を守ってくれなければ、怪我では済まなかったろう。
そして絨毯からずり落ちるように覚醒した4人とは違い、シェバは少し離れたところに横たわっていた。その様子を見た4人が駆け寄る。
「おい、婆ァ! 無事か?」
「無事じゃないわよ! 動かさないでヴァルガンダ!」
ガルチルデがヴァルガンダを突き飛ばし、意識のないシェバの様子を確認した。脈や呼吸こそ問題ないが、頭からは少なくない血を流しており、呼びかけに応えない。弟子たちは青ざめると、口々に呼びかけた。
「おい、婆ァ! こんなところで死ぬ気か!? 起きやがれ、おい!」
「大きい声を出さないで! 頭に響くわ!」
「眠っちまう方がまずいんじゃねぇのか?」
「素人考えよりも、エネーマに聞いたらぁ?」
「そのエネーマはどこだ?」
「あっちだ」
白藤がいち早く気づいてヴァルガンダとクランツェを誘導したが、その先にいたエネーマとライフリングは彼女たち以上に真剣な顔をして、先にある光景を覗き見ていたのだ。
その様子に、白藤たちもエネーマの背後からそっと忍び寄って声を顰めて話しかけた。
「エネーマ殿、シェバ老が――」
「わかっているわ、命に別状はないけど動かせない。だから嫌だけど、状況次第でアルネリアに助けを求めようと思ったのだけど――」
「? 何が」
「それを見極めているのよ」
見れば、ライフリングもエネーマも青い顔をしていた。実力でゼムスの仲間をまとめるエネーマや、眉一つ動かさず敵を虐殺するライフリングが青い顔をしているのを、彼女たちは初めて見た。
そして気配遮断と防音の結界を維持したまま、2人が下がるように白藤たちに告げた。
「下がりなさい、気取られるわ」
「それの何がまずいのか? エネーマたちは知らないだろうが、我々はアルネリアと協力して、剣帝を追い込む依頼もこなした。今顔を出しても、いきなり処罰されるようなことはないだろう」
白藤がそう答えると、エネーマとライフリングの表情が一瞬で強張った。その変化を感じて距離を取る前に、エネーマの錫杖が白藤とクランツェの喉元に、ライフリングの針がヴァルガンダの眼先につきつけられた。
「あんたたち、まさかアルネリアの回復魔術を受けていないでしょうね?」
「な、なんだよ。受けていないが、それがどうした?」
「白藤の腕は、どうやって治した?」
「シェバの婆ァが召喚獣を使ってくっつけてくれた。アルネリアの世話にはなるなってよ」
その言葉を聞いて、エネーマとライフリングが同時に頷き、武器を下ろした。
「よかったわね、シェバが賢明で。あんたたちがアルネリアの治療を受けていたら、ここで始末するところだったわ」
「な、なんだよ。そんなことくらいで――」
「私もそこまでだとは思っていなかったわ。だけど、今の光景を見て確信を得た。アルネリアの回復魔術はやはり異常だわ。あんなものは受けない方がいい」
「そうは言ってもよ。アルネリアの施療院に一回もかかったことがない人間なんて、早々いるかよ? アタシだって、餓鬼の頃風邪ひいてかかったぞ?」
「そのくらいならいいわよ。でもあの神殿騎士団や、司祭級は駄目」
「んだよ、アンタだって元々アルネリアのシスターだろ? それも上級の――」
ガルチルデがそこまで言って、クランツェがその口を塞ぐ。エネーマの前でアルネリアの話をするのは禁句。ゼムスの仲間なら知っていることだったが、思わず口にしてしまったのだ。
キレたエネーマに殺される。そう思った3人だったが、エネーマの表情は変わらず、むしろ下がりながら彼女たちに説明を始めた。
「そうよ、私はかつてアルネリアのシスターだったわ。グローリアで学び、圧倒的主席で卒業。メイヤーにも短期留学して学位を取得し、神殿騎士団の中隊長に一対一で15歳の時に勝利。巡礼には自ら志願し、18歳を待たずして巡礼の3番手に昇格した。現2番手のラペンティ以来の才媛と呼ばれたわ。1番手と2番手の功績は長期にわたる物だったから、私は実質ではアルネリアの出世頭だった。望めば、大司教になることも可能だったかもしれない」
「それだけ実績を出していたのに、なんでやめたのさ? 表の世界でも十分生きて行けたろ?」
「一つには、順調すぎる生活がつまらなくなったから。だけどそれ以上に、恐ろしくなったから」
エネーマの言葉には、ライフリングすらも驚いた。だがライフリングも先ほどの光景を見たせいで納得できるところがあるのか、少し伏せがちにエネーマに質問した。
続く
次回投稿は7/8(水)24:00です。