戦争と平和、その550~廃棄遺跡外周⑤~
「なるほど、アレをやるのか!」
グウェンドルフはアースガルの展開した魔術めがけて全力でブレスを放った。アースガルの魔術は宙に浮かぶ光の円を形成していたが、まるでそれが鏡面のように均質に輝いていたかと思えば、アースガルの干渉で表面が泡立ち揺らぐ。
そしてグウェンドルフのブレスが命中すると、ブレスが散乱してアースガルの魔術を通過した。グウェンドルフのブレスは減衰することなく無数の光線となって、相手に降り注ぎ、赤い球に命中して誘爆した。
これには蜘蛛型の敵もたまらず、支えていた脚が揺らいだ。そこにグウェンドルフは遠慮なく追い打ちをかけ、相手の脚を薙ぎ払った。
蜘蛛型の敵がずるずると落下を始め、赤い眼は次々と消えていった。グウェンドルフがふー、と息を吐いてブレスを吐いた後の自分の喉の熱を逃がす。
「昔遊びでやった連携攻撃がここで役に立つとはな。咄嗟に思い出せてよかったぞ」
「・・・ここに私と君で来たのも、何か縁があってのことかもね」
「念のためにとどめを刺すぞ、いいか?」
「いや、待て。何かを言おうとしている」
アースガルの指摘通り、蜘蛛型の敵は何事かを呟いていた。それはグウェンドルフとアースガルに向けられたというよりは、うわごとのように、あるいは決め事のように同じ事を繰り返しているようだった。
「ようこそ、強き者どもよ・・・ここより先は『奈落の園』・・・君たちは定められた試練を突破した・・・最後の楽園に歓迎する・・・」
「奈落の園? なんのことだ?」
「私も知らないことだ。だが、中層への道が開けたということではないのか?」
「中層、下層には何がある?」
「わからない。だがウッコの気配は中層から漂っている。どのみち行かねばならないのだろう」
「奈落の園、か。あまりよい響きではないな」
グウェンドルフが沈みゆく蜘蛛型の敵を見守っていたが、敵はずっと決められた言葉を呟きながら、落下していった。
「ようこ、そ・・・強き、者ど・・・奈落・・・試練、突破・・・歓迎、する・・・どうか、生き延びて・・・」
相手が地下に墜落した音が聞こえ、しばらくして爆発音が聞こえた。グウェンドルフは相手の完全沈黙を確認すると、一度幻身して横道に退避した。
「遺跡の門番か・・・倒せたのはたまたまだったな。いったいこの先に何があるのか。少し休んでから進むとしよう。人間たちはどうやら吹き飛ばされたようだが、助けに行くか?」
「いや、その余裕はない」
同じように着地したアースガルだったが、壁を背にずるずると座り込んだ。見れば、その脇腹に血が滲んでいた。
「アースガル! やられていたのか?」
「熱線の一つがかすっていたようだ。なに、脇腹の肉を少々削がれた程度だ」
「その出血、それだけではあるまい?」
「声が大きいぞ、グウェンドルフ。どのみちターラムを離れた段階でそれほど永くはないのだ。今更多少の怪我をしようがどうしようが変わらないが、せめて応急処置くらいはしておきたい。時間を少々くれ」
アースガルは魔術を展開して傷の治療を始めたが、回復魔術の使えぬグウェンドルフはいたたまれなくなり、シェバたちの元に走ろうとする。
だがその足をアースガルが止めた。
「やめておけ、グウェン」
「なぜだ? 彼らの知識も役に立つかもしれない」
「君はお人よし過ぎる。ウッコの魔力を感じながらこんなところに現れて、我々が真竜と導師と知りながら、ぬけぬけと仲間の殺害を申し出るような人物だぞ? まっとうな精神性の持ち主であるはずがない。
アルフィリースは図抜けているが、健全な精神の持ち主だ。彼女と同じにするな」
「だがしかし」
「だがも、しかしもなしだ。それに横道の先は何かがおかしい。アルネリアの神殿騎士団が展開しているはずだが、妙な精霊の流れなんだ。私なら行かない、行きたくない。今考えるべきは、第一にウッコの撃破。そして君が感じているアルフィリースの気配を回収したら、脱出することだ。その後何が起きるかは、運を天に任せろ」
「そんないい加減な」
「いい加減ではない。ここで破滅的な出来事がもし起きるのだとしたら、オーランゼブルが直接ここに来てはいない。奴は慎重だ。行動する前にお得意の占星術で危険性を占っているはずだからな」
「は? オーランがここに?」
意外な名前にグウェンドルフが呆気にとられかけ、そしてさらにその事実すら考えられぬほどに、グウェンドルフの目の前に魔力の歪みが出現した。
「今度はなんだ?」
「転移の魔術? 一体何が――う、お前は?」
「なぜここに?」
二人は同時に、驚きの声で目の前に現れた人物を迎えていた。
続く
次回投稿は、7/6(月)24:00です。