戦争と平和、その547~廃棄遺跡外周②~
「ふむ、話しかけるなら正面から姿を現したらどうかな?」
「ひょひょ、さすがにばれておるか」
笑いながら出現したのは『賢者』シェバ。その弟子四人と、さらにエネーマ、ライフリング、ヴォドゥンが傍にいた。シェバ以外はグウェンドルフの威圧感に気圧されているのか、やや尻ごんでいる。アースガルは彼女達を見て、ふぅとため息をついた。
「何用かな、魔術士たちよ。ここから先は只人が入ることを許されぬ土地だぞ」
「只人だからこそ、立ち入っちゃあいけない場所なんてあるものかね。最初は皆只人さ、只人を只人でなくするのは、経験と研鑽じゃろうて」
「一理ある。だが現在君たちが只人の範疇を出ないことを、君たち自身が知っていそうだが?」
「問答をするためにこんな所まで出向いたわけではないのだよ、導師殿。用があるのはそちらの真竜の長さ」
シェバはアースガルの威圧にも関わらず前に出る。
「私のことを覚えていなさるかね、グウェンドルフ様」
「・・・ふむ、七十年ほど前に私の住処に来て、戦いを仕掛けてきた女魔術士がいたな。人間にしては、随分と手練れの魔術士だった。魔術協会でも一つの派閥を率いるほどには強かったと聞いたが、面影がある」
「昔はそれなりに見目にも自信がありましたがの、今では皺くちゃの婆になっちまいましたよ。勝てないからとあなたに求婚したこともありましたが、この醜態を晒すのであればやはり振られてよかったと思いますなぁ」
シェバがからからと笑いながら暴露したことに、さすがの仲間も目を剥いた。だがシェバは仲間の質問を受ける時間を与えずに、言葉を続けた。
「別段今更あなた様に未練があるわけではありません。どうせ老い先短い身、死ぬなら戦いの中でと決めております。
ところがこの先に、我々でも見逃せぬほど暴挙を行う仲間がおりましてなぁ。そやつが逃げこんだ――いや、この膨大な魔力の元となる相手につられたのではないかと思っているのです」
「ふむ、その者をどうするつもりだ?」
「むろん、始末するために追っております」
エネーマがずい、と前に出た。どうやら真竜や導師の威圧に耐えるほど、火急の案件であるということだろうと二人は認識した。
「と、いうことだ真竜の長よ。同行させてくれとは言わぬが、せめて後を追うことを許していただけないだろうか」
「ついてこれるのであればよいだろう。だがそなたたちがどうなろうと、我々は助けもせぬし、感知もせぬ。そして、我々の邪魔もするな」
「もちろん構いません、我々とてこの埒外の化け物の魔力には関わりたくありませんから。状況次第では共闘することはあるかもしれませんけど」
「それはそうだ。では向かうとしようか」
グウェンドルフは幻身で人の身になったが、背中の一部は羽のままとし、縦穴の中に飛んだ。アースガルは重力制御の魔術でゆっくりと落下し、シェバたちはシェバの絨毯で空を飛んで追いかける。
彼らは落下しながら明かりを灯し、縦穴の様子を観察していた。
「アースガル、この穴は元から作っていたのか?」
「シモーラは関与していないそうだ。この遺跡を作った時には、あったとのことだよ」
「どういうことだ?」
「この遺跡は三層構造だ。浄化の遺跡とは上層のことであり、シモーラは上層の管理人だ。中層と下層は、来たるべき時まで封印されていると言っていた。中層か下層か――そちらに管理人が別にいるのでは、と言っていたよ。もっともシモーラも見たこともないそうだが」
「それは初耳だ」
「だから、君が人の話を聞かないから」
「むぅ」
アースガルとグウェンドルフの会話に聞き耳を立てるシェバ。そしてヴォドゥンが周囲を観察しながら、感嘆の声を挙げた。
「こんな広範を円筒状に繰り抜くなんて、凄いなぁ! どうやったのか興味があるよ!」
「こんな時にも研究? まったく、図太いにもほどがあるわね」
「この世の不思議を知りたいのは私の性分だからね。戦闘なんてついでだよ、ついで。大陸にある『本物』の遺跡なんでしょう、これ。興奮しない方が変ってものよ!」
「遺跡か。確かにワシも興味を抱いた時期はあったが、人の手に余るものよ。ヴォドゥン、狂うぞ?」
「もう狂っているよ、知識っていう宝を求めてね」
目を輝かせるヴォドゥンに、シェバはため息をつきながら首を振った。
「若いのぅ・・・」
「本質が学者なんだからしょうがないわ。私も遺跡についてはある程度知っているけど、シェバが恐れるほどのものなわけ?」
「この世には知らぬ方がよいことも多くある、この歳になってわかることじゃよ。遺跡はその最たるものじゃ。何をかくそうワシの魔術は、遺跡探索をしようと研鑽を積んだ結果よ。遺跡の中の魔物と対峙する中で研鑽を積み、ここまでに至ったのじゃ。そのワシですら遺跡から持ち帰った物は、何一つない」
「ふーん、それは怖いね」
「それがわかるお主は大したものじゃ。遺跡は関わるだけで人生が狂う。まして遺跡に分け入って、それを踏破しようなどとはおこがましいにもほどがある。その時手に入る物が何であれ、人の手には余るだろうよ。
人間は人間のまま、手に入る力に満足するのがええ。遺跡の力を求める時、その者は人間をやめておる」
シェバの含蓄に富んだ言葉に、皆がしんと静まる。同時に、エネーマは自分ですら知らなかったこの遺跡の存在に、身震いしていた。
「それが遺跡か・・・アルネリアはここに遺跡があることを知っていたのかしら? 魔晶石やその加工技術も遺跡から得た知識なのかしら? あの女狐が何も知らないなんてことはないだろうけど、こんな近くに遺跡があったなんて・・・」
エネーマはぶつぶつと呟いていたが、そうこうする間にも彼らは底と思しき場所に到達していたが、そこでアースガルが異常に気付いた。
続く
次回投稿は、7/1(水)7:00です。