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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
201/2685

竜騎士三人、その8~ルイの事情~

「いつだ?」

「ルイさんが軍を出てからすぐ。ご家族は随分と反対されたそうですが、彼女は正式に入隊し・・・今では100人の部下を預かる身です」

「あの子がな・・・」


 ルイは昔を思い出す。妹のミラとはよくごっこ遊びで剣の練習をしたのだ。その時から、ミラにもまた騎士としての才覚があるのはルイにもわかっていた。だが当時は目的もなく、自分の後ろを付いて回るだけの妹だったが、まさか軍に入っているとは。


「ワタシのせいか?」


 ルイは責任を感じていた。あの心優しい妹を戦いには巻き込みたくなかったのだ。アンネクローゼは余計な事を言ったかと後悔したが、もはやどうなるものでもない。


「それはなんとも。私の部隊とは所属が違いますから」

「指揮官は?」

「オズワルド卿率いる陸戦第6師団です」

「オズワルド卿か。さすがに父の師団は避けたようだが、彼ならまあ変な運用の仕方はされまい。ワタシの家と利害関係もないしな」


 ルイは一安心する。元気でやっていることを聞けただけでも、本来は安堵すべき所なのだろう。


「まあ、無事で何よりだな。それで、弟の方は?」

「いまだに軍に入ったという話は聞きません」

「相変わらず病弱なのか。そろそろ12になるはずだが」

「すみません、そこまでは・・・」

「そうか。軍属とはいえ、皇女のアンネが気にかけることではなかったな。つまらんことを聞いた、忘れてくれ」


 ルイは目を伏せ、黙り込んだ。家で弟の立場はあるのだろうかと心配する。ルイの父親は非常に厳しく、古風な考え方の持ち主だった。男は強くあらねばならず、女は強い子どもを産むための道具でしかなかった。ルイの母親は決して病弱ではなかったが、ルイの妹が難産で体を壊してしまったにもかからわず、父がどうしても男を産めと強制したがために無理な出産を試み、弟を産んで間もなく死んだ。ルイが家を飛び出した一因でもある。

 そんなことを考えながら気難しい顔をするルイに、アンネクローゼがおずおずと話しかける。アンネクローゼは勝気な皇女として知られていても、ルイにだけは昔からどうしても頭が上がらない。


「・・・それで、この後ルイさんはどうされる予定で?」

「別に何も。その日暮らしの傭兵さ。もっとも最近は魔王とやらが多数発生しているようだし、あちこちでいざこざが増え始めているようだ。仕事には困らないだろうが、そういえばローマンズランドでは魔王は出ていないのか?」


 ルイは自分で言ってふと気付いた。自分達が相手にした魔王は、まだ西側の地域だけ。噂では南部にも東部にも出没しているらしいのだが、そちらはそれぞれグルーザルドやアルネリア教会、魔術協会が連携で対処しているらしい。だが北部では魔王出現の噂はとんと聞かない。ローマンズランドが属国も含めれば、大陸最大級の規模の領土を有しているにも関わらず、である。

 そんなルイの思いは伝わらないのか、アンネクローゼの表情に変化はない。


「はい、今のところは」

「ふむ、不思議な事もあるものだ。もっとも・・・」

「え?」

「いや、なんでもない」


 ルイには一つの疑問が浮かぶ。正直もはやローマンズランドがどうなろうが興味はないのだが、姉と妹だけは無事でいて欲しかった。これもヴァルサスに相談してみないと、どうとも言えないなと感じるルイだった。

 そんなルイを見て不思議そうな顔をするアンネクローゼをよそに、ルイは席を立つ。既に新しく持ってきた酒瓶も空だった。


「さて、ワタシもさすがにもう寝るよ。アンネも朝は早いんだろう?」

「ええ、まぁ」

「そういえばアルフィリースはどうするんだ?」

「約束があるので、アルフィは放免です。騎士として誓ったことですから」


 即答したアンネクローゼを見て、ルイがにやりとした。


「随分と物わかりがよくなったな、アンネ」

「そうですか? ならば私も成長したのでしょう」

「上に立つ者はそうでなくてはいかん。それにアルフィ、ね」

「な、なんですか?」

「いや、随分親しげだと思っただけだ」

「別によいはないですか!」


 アンネクローゼが少しむくれるようについ、と横を向いたので、ルイは思わずアンネクローゼの頭をまた乱暴に撫でていた。


「きゃっ」

「それでいい、成長したアンネが見れて嬉しいよ。では、ワタシはアマリナさんの所に戻るよ」

「アマリナさんがいるんですか!?」


 アンネクローゼも、まさかアマリナがいるとは思っていなかったのか、驚きの顔をした。ルイはアンネクローゼのそんな反応も予想済みだったのか、平然としていたが。


「会っていくか?」

「合わせる顔がありません・・・私がいなければ、アマリナさんは今頃最高位竜騎士を受勲して、師団長になっていたはずですから」


 アンネクローゼがうつむく。


「それはどうかな。アンネの存在は、アマリナさんは師団長になったかどうかに関係ないのではないかと、ワタシは思うんだ」

「え?」


 ルイのその答えが意外だったので、アンネクローゼは思わず顔を上げた。


「確かにあの時の御前試合ではアマリナがアンネに勝った。部下からの人望も、指揮能力も、実力もあの時点では確かにアマリナさんがアンネより上だった」

「なのに最上位竜騎士ドラゴンマスターの称号は私に授けられました。それに納得ができないとアマリナさんはローマンズランドを飛び出して・・・」

「そうだな。だけどアマリナさんが本当に最上位竜騎士の称号にこだわるのなら、別にそのまま軍に残って努力すればよかったんだ。実際にローマンズランドの竜騎士で、彼女より優秀な者など数えるほどしかいなかったんだから。そう遠くないうちに、再び称号を授与されていただろう。そうでなければ周囲が納得しなかったし、それで授与されないのならそれは政治的な意図があるだけだ。どうあがいても授与されなかったろうさ。

 だがアマリナさんは軍を辞めた。その判定に納得しなかったにしろ、あるいはずっと部下として可愛がっていたアンネに抜かれたことがショックだったにしろ、な。思うに最上位竜騎士の称号も、アマリナさんにとっては自分の実力を測る一つの指標にしか過ぎなかったのじゃないかな? 軍を抜けたのは、最上位竜騎士という称号が非常に曖昧なものだと気が付き、もっと目指すべき何かを見つけたかったからじゃないだろうか」


 ルイの言葉を黙って聞いていたアンネクローゼが、納得いかない顔をしている。


「本当にそうでしょうか?」

「さあ、どうかな。ワタシだって本人に聞いたわけじゃない。だけど彼女がそんなことでウジウジするような人間でないことは確かさ。今も竜を操っていて、その手際は上達するばかりだ。過去のことにこだわっていては、ああはいかないだろう。それに、アンネは自分が最上位竜騎士にふさわしくないと思っているのだろう?」

「はい」


 アンネクローゼにとっても長い事悩んでいる問題である。最高位竜騎士を授与された時、まだ自分に実績が伴っていなかった事と、アマリナが軍を去ったことで一騒動あったのだ。アンネクローゼもまた、なぜ自分が最高位竜騎士に指名されたのかと眠れぬ夜を過ごし、皇帝である父を恨みもしたのだ。

 だがルイの答えは彼女にとっては意外なものだった。


「ワタシもそう思う」

「・・・は?」


 あまりにストレートに言われたので、アンネクローゼは皇女にあるまじく、口をぽかんと開けてしまった。


「そんな顔をするな。いや、ワタシの言い方が悪かったか。正確には、思っていた、だな。誰が見ても当時最高位竜騎士にふさわしかったのはアマリナの方だった。だが――」

「・・・」

「だが自分がふさわしくないと思うなら、ふさわしくなるための努力をすればいいだけのことだ。アンネには才能がある。それはだれしもが認めていた事だ。いずれその称号にふさわしい実力を身につけるさ」

「・・・」


 アンネクローゼは考え込んでいたが、ルイが背を向けたのを見て、ルイの背後から声をかける。


「すぐに・・・納得することはできませんが、そう思えるように努力します」

「ああ、そうしろ。ウジウジするより、余程良い」

「ありがとうございます。今日貴女に会えてよかった」

「ワタシもだ。では息災でな」


 そうしてルイは振り向くことなく、二階に引き揚げて行った。そのルイが去った後、明りのほとんど落ちた酒場で、アンネクローゼは少し考え込むのだった。


***


「姐さん」

「レクサスか」


 2階に上がった所にレクサスが立っていた。どうやら席を離れた後、ずっとここにいたらしい。


「立ち聞きしていたのか?」

「申し訳ないとは思いましたが、一応姐さんの安全を守るのが仕事ですんで」

「ふん、危険などないだろうに」

「んなことわかりませんよ」


 ルイも一応反論するものの、レクサスに悪気があるわけではない事も知っているし、実際にレクサスがいつもそうやってルイの補佐をするからこそ、今まで無事にやれていることも知っている。


「で、何か意見は?」

「ローマンズランドで魔王が出現してないって話。あれ、ヴァルサスさんも気づいてますよ。ああ立て続けに魔王討伐を続けてたんですからね」

「なるほど。で?」

「既に0番隊の人間が探りを入れてるんじゃないでしょうか? ああ見えてヴァルサスさんって抜け目ないですからね。今回適当にやってていいってのも、その報告が帰って来るのを待ってるんじゃないかと。アマリナさんと一緒にこっちに来たのも、アマリナさんが連絡役じゃないのかと思ってますけどね」

「ふむ」


 ルイが唸る。ルイもその話を聞いていると、どうにもローマンズランドの事が気になってくる。ヴァルサスが既に動いているというのに、自分やアマリナに話が振られなかったのは、きっとヴァルサスが気遣ったのだろうと想像する。意外にヴァルサスは気遣いが細やかな男だった。


「で、私達はどうする?」

「・・・一度、ヴァルサスさんの所に戻りませんか? どうにも放置していいような問題じゃない気がするんですよね。場合によっちゃ、姐さんには申し訳ないですけど俺達がローマンズランドに潜入した方がいいかも」

「勘か?」

「勘です」


 レクサスの勘は良く当たる。それだけはいつもルイは信頼するようにしている。


「確かにワタシとアマリナなら内情がさらにわかるからな。決めるのはアマリナに相談した後だが、一度戻るか」

「ですね。ならそうと決まれば善は急げ。アマリナさんに相談しましょ!」


 そういってアマリナの部屋に行こうとするレクサスを、ルイは首根っこを掴んで引き留める。


「ぐえっ!」

「話はワタシがする・・・貴様は外で待っていろ」

「え、だって部屋は一つしか確保してないんだし、どっちにしろ俺だって中に入らないことには」

「貴様のベッドはない。貴様の様な獣を、婦女子の部屋に入れるわけがないだろうが?」

「婦女子って、今さらそんな貞淑なものでもないでしょうに・・・はっ!?」


 レクサスが文句代わりに呟いた言葉は、しっかりとルイの耳に届いていた。殺気と共に剣を抜き放つルイ。


「ほう・・・昼の続きをしたいと?」

「いやいやいや、穏便に行きましょ? ね??」

「ふ、ワタシとしてもそのつもりだったのだが。やはり害虫は駆除しておくべきだな」

「ひ、ひぃー!? お助け~」

「待てぇ、貴様!」


 その後、レクサスの悲鳴が宿に響き渡り、「うるさい」と怒って出てきたミランダ、リサ、ニアと共に、ルイに二階の窓から叩きだされるレクサスが見られるのはこの直後の事。



続く


次回投稿は、5/4(水)20:00です。

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