戦争と平和、その545~廃棄遺跡下層⑥~
ドゥームはため息とともにその場にへたり込んだ。
「だめだ、お手上げだね。強引に突破できない」
「もうお手上げだか?」
「ろくな魔術が使えない状態じゃあ、やれることが限られる。僕の中にある悪霊だって無限じゃないんだ。無駄使いはしたくない」
「私の力も使っているけど、びくともしないわ。なんて固さと頑丈さかしら。デザイア、なんとかできないの?」
「もうやっているわ、何の反応もないけどね」
オシリアの提案に、デザイアがため息をついた。
「部屋の中に睡眠香を散布しているし、魅了や幻惑などの状態異常を惹起する魔術は流し続けている。だけど、全く反応がないのよ」
「んだよ、やり方が甘いんじゃねぇの?」
「あなたなら百回は発情死する分量よ? 試してみる?」
デザイアの言葉に、グンツが両手を挙げて降参の意を示した。オシリアが不審がる。
「あの男、完全耐性だとでも言うの? それとも不能?」
「だとしても、わずかな反応くらいあるはずだわ。つまり――」
「そもそも人間じゃないし、生きてすらいない。そういうことだろ?」
「サイレンスの人形のような、絡繰り仕掛けだとでも?」
オシリアの疑問に、ドゥームが首をひねっていた。
「サイレンスよりも遥かに完成度の高い人形だろうね。今の技術じゃ再現不可能な精度で作られた、この部屋に入った者だけを完全に迎撃する人形。魔術が使用困難な空間で、ドラグレオほどの耐久力を兼ね備え、ティタニアよりも精巧な攻撃をされたら、ちょっと手が出せない。防御機構がほとんどないはずさ、この一体で事足りるっていう自負だろうね。
そんなものをやがて人間は作れるようになるのかな」
「感心している場合ではないだろう。どうやって突破する?」
「機を待つ。あれだけの強者が揃って中層にいるんだ、何らかの動きがあるはずさ」
「他人任せなんざ、旦那にしちゃあ随分と消極的な作戦だな?」
グンツの冷やかしにも、ドゥームは真剣な表情で人形を見続けていた。
「こう見えても、意外と気は長い方でね。楽しむことにおいては際限なくやれるけど、そうでなければじっと待てるんだよ。
それに、次の扉を開ける前にも何らかの操作が必要だ。それを成し遂げるためにどのくらい時間がかかるか知らないが、あの人形を一呼吸でも引きつけるのに、どのくらいの労力が必要になると思う? 君たちに命を賭けろといっても、せいぜい三呼吸くらいが限度だろう?」
ドゥームの答えにそれぞれが顔を見合わせ、誰も否定しなかった。
「勝機は一瞬だが、そう時間を置かず必ず訪れる。あいつを観察しながら、それをじっと待つのみだよ」
「その間、オラたちは?」
「ここにいてくれ。勝機が来たら力を借りる場面もあるだろう」
「俺もか?」
「おっさんもだよ。多分、ここにいた方がティタニアの動きを把握するには向いてるぜ? 僕の予想が当たっていれば、あの人形の先にある通路はここの中枢だ。中枢さえ押さえてしまえば、この遺跡は僕たちのものになる。そうなれば、ティタニアの動きを知るにも便利だろう」
「その予想が当たっていればな」
ベルゲイは冷静に肯定も否定もせず、その場で立ったまま瞑想を始めていた。自らを研ぎ澄まし、その時を待つ。グンツは寝転んで寝始めたが、ケルベロスはミルネーと世間話を始め、オシリアとデザイアはドゥームの傍に控えた。
そしてドゥームは胡坐をかいて頬杖をつきつつ、人形の観察をじっと行う。その間人形はみじろぎ一つせず、彼らを見もせず定位置に佇んでいた。
***
「やぁ、グウェンドルフ。助かるよ」
「構わん、私も丁度用があったのだ」
ターラムからアルネリアに向かう空の上で、導師アースガルはグウェンドルフの背の上にいた。アースガルはアルネリアに向かう方法として複数を用意していたが、その中で可能性が低い一手に思わぬ反応があったため、半信半疑でその方法を選択した。
共に長らく生きる者としてある程度の面識はあったのだが、最近ではめっきり出会う機会も減っていた真竜の長が、アースガルの呼びかけに応じたのである。
「しかし久しぶりだね。千年近くぶりかな?」
「ターラムの原型ができる前に一度会っているから、700年近くではないのか」
「ああ、そうか。どうも長く生きていると、時間間隔が乏しくなっていけないね。二千年以上前は毎日にように語らっていたのに」
「真竜と語り合えるだけの力量と知性もつ生命が少なかったからな」
「今では増えたと?」
「人間はな。それ以外は減ったと思うが」
グウェンドルフの言葉には少しの嬉しさと、小さくはない失望があるかのようだった。アースガルにはそれらの原因も想像がついたが、今は黙っておいた。
続く
次回投稿は、6/27(土)7:00です。