戦争と平和、その544~廃棄遺跡下層⑤~
「入るなと言われても、僕たちは用事が――」
ドゥームが語り掛けている最中に相手の姿が消えたかと思うと、ドゥームは唐竹割に一刀両断された。ほとんどの衝撃波を一部を靄にして拡散することができるドゥームなので、出会い頭に一刀両断されるほどの剣の冴えを見せたのはティタニア以来である。しかも、今のドゥームはティタニアの剣筋を経験している。そのドゥームの反応を、ゆうに目の前の男は上回ってみせた。
「(こいつ、ティタニアの剣筋より上――)」
ドゥームは左右に開きかける視界の中、相手の顔を見た。端正な顔立ちの若い男だが、表情から読み取れるものは何もなく、熱も怒りも持たない相手にただ斬られた。得体のしれない相手にドゥームは恐怖しかけたが、悪霊の王としての矜持がそれを押しとどめ、脚を前に出そうとさえする。
だがまだ死んでいないドゥームを見て、男の手が揺れたかと思うと、今度はドゥームの視界が八つ裂きになっていたのだ。
「あっ――」
「ドゥーム!」
「来るな!」
オシリアの悲鳴に、意識の飛びかけたドゥームが体を靄へと変形し、再度召集する。天井近くに一度退避しようとして、男の姿ごと再度消え、背後に出現したことに気付いた。
「速――」
「排除します」
男の剣戟が今度は倍の数で襲ってきた。ドゥームは咄嗟に仲間の方に飛ぼうとして、距離が足りないことに気付く。そしてさらに相手が追撃せんと追いすがるところに、グンツとケルベロスが部屋の中に手を突っ込んだ。
「旦那!」
「手を伸ばすべさ!」
二人の手を掴み、一度扉の外に退避するドゥーム。かろうじて肩から上の部分だけは八つ裂きを逃れたが、手を突っ込んだ二人もろとも、先ほどまで部屋の中にあった胸から下は八つ裂きにされていた。
ドゥームが部屋の外に出たのを確認すると、男はそのままくるりと振り返って部屋の中央に戻る。そこで部屋の扉が再度閉じようと動き出したが、その直前に、ベルゲイが男の背後から何の前触れもなく遠当てを放った。
「ぬぅん!」
だが衝撃波は背後を見ようともしない男に切り落とされ、遠当ては霧散した。扉が閉じた部屋の外で、呆然とするドゥームたち。
「ぬぅ。なんだ、あれは」
「僕が聞きたいね。ティタニアよりも剣が冴えてるぜ、あいつ。それより大丈夫か、グンツ、ケルベロス」
「ほっときゃ生えてくるべさ」
「同じく。だけどよ、炎獣の腕をあっさりと細切れにしやがったぜ、あいつ。剣の冴えだけであんなことができるのか?」
「剣が薄く光って振動していたぞ。魔術か?」
「いや、そんな気配はなかったわ」
「聖別ってわけでもなさそうだね。体の再生には問題がないし、ダメージを受けたわけでもなさそうだから、純粋な物理攻撃だろうけど――厄介だな」
悪霊たるドゥームの体は扉の隙間からするすると戻っていた。ドゥームは体を再構築しながら、先ほどの男について考える。剣の冴えもそうだし、持っている得物が厄介だった。あれは受け止めるとか、衝撃を拡散するといった防御が効かない。そして速度が尋常でない以上、切り刻まれながらでも前に出られるかどうかが問題だが、受けた印象では無理だ。
ドゥームは仮に八つ裂きにされても思考がまとまらなくなるだけで、自動的に再構築される。だが、何も考える暇もなく永遠に八つ裂きにされ続けたら? それは本当の意味の死ではないにしろ、存在していないのも同義だった。そして、今の仲間たちがここで全て死んでしまったら? それは永遠に死に続ける牢獄のようなものである。
「まさか、こんな死に方があるとはね。ちょっとチビりそうになったよ」
「ドゥーム、汚い」
「洗濯はできないだよ?」
「本当に漏らしたわけじゃないよ? だけど困ったね、どうやって先に進もうか・・・もう一回その扉を開いてみるか」
ドゥームは体の再構築を終えると、再び扉を開く。そして部屋の中に再度照明が灯り、部屋の中央に男がいた。男は今度は警告はしないが、部屋の外にいる限り攻撃しようとはしないらしい。
ドゥームはじっくりとその男の方を見ながら、悪霊を球状に変形させ、男めがけて無数に発射した。通常ならどれか一つは当たるはずだが、男はその全てを動くことなく剣で叩き落とした。
次にドゥームは壁のように悪霊を変形させ、押しつぶそうとした。だがこれも男は見事に細切れにする。その死角から、触手のように襲い掛かる悪霊の槍。だがこれも男は全て切断してみせる。ドゥームは多少切断されようと強引に押し込もうとしたのだが、男は衝撃波でもって部屋の中に潜入した悪霊を全て切り伏せた。送り込むより速く切断されたのでは、さしものドゥームの攻撃も形を保てない。それでも男は部屋の外にいるドゥームを攻撃しようとはしなかった。
続く
次回投稿は、6/25(木)7:00です。