戦争と平和、その543~廃棄遺跡下層④~
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「ここがそうなのか?」
ドゥームたちが到着したのは、逆に背の低い人間サイズ建造物だった。一見地味な乳白色の半筒のような姿見が、彼らの眼前にあったのだ。近づくと、その頭の上の部分から光のようなものが照射される。一瞬驚いて飛び退くドゥームだが、別に害のあるものではなさそうだ。
「これが入り口だか? どうやって入るべか?」
「ただの鏡にしか見えないわ」
「この鏡も曇りの一点もないね、現在の技術じゃあ再現不可能だ。それにあらゆる防御結界が施してある。ティタニアやブラディマリアをもってしても、苦労するんじゃない?」
「お前なら開けられるのか?」
「そこはやっぱりこの杖の頼みってね」
ベルゲイの疑問にドゥームが答え、彼はしばしその場所の記憶を辿って開け方を探る。記憶の杖の再現では、掌をかざして開けており、今までとはやり方が違っていた。
「・・・生体認証だって? ふーむ」
「どうしたべ?」
「特定の人間でないと開けられないようだね。その人間が持つ指紋、掌紋にしか反応しないようだ」
「なんだそりゃ? ちゃんと説明しやがれ!」
「そろそろ放っておかれていることに気付きなさい、馬鹿グンツ」
「るせぇ!」
グンツとミルネーが後ろでやり合っていたが、ケルベロスが困っていた。
「生体認証は解除できないんでないか?」
「まぁやり方は色々あるけど、記憶の杖は思ったよりも高性能なんだよ・・・ほら」
ドゥームがしばらく建物から放出される光を浴びていると、何度かは赤く光ったが、ついには青く光って鏡の一部の反射が止まり、半筒は地面のしたに沈んでいた。そして地面が円形に沈み、彼らを地下に案内する。その変化に一同は目を丸くしつつも、変化に慣れてきていた。
「どうやっただか?」
「記憶の杖の再現が正確ってことさ。記憶にあった人物の掌紋まで再現してくれたよ。あとは掌を靄を使って変形させるだけ。こーんな風にね」
ドゥームが見せた掌は、黒い靄と共にずるずると変形していた。そして止まっては人の掌となり、また自由に変化していく。その様子にベルゲイが呆れていた。
「顔も姿も自由に変えられるのなら、お前の本体とはなんだ?」
「それは僕が知りたいねぇ、気が付いたらこの姿だったからさ。どこかで悪さをしていたのかもしれないけど、気が付いたらこうだった。そして目の前にはオーランゼブル。そうして僕の人生は始まったんだから」
「それこそ、その記憶の杖で探ったらよいのではないか?」
ベルゲイの指摘に、ドゥームがびっくりしていた。
「そうか・・・その発想はなかったな。『どうしてきたか』より『どうするか』の方が楽しくて、ずっと忘れていたよ」
「おかしな奴だ、悪霊のくせにいやに前向きだ」
「いやぁ、それほどでもあるよ」
「それよりも進もうぜ。それほど深くはないようだ」
ある程度地面が沈むと、目の前の壁が開いていた。そこには十分な松明ではない明かりがあり、人工の光が空間を十分に照らしている。
一面は薄く銀に光る金属で覆われていたが、光を反射するわけではない。傷一つ、曇り一つないその場所は、静謐であると同時に無機質で、そして美しくも空虚だった。機能美といえば聞こえはいいが、同じような感情をその場の全員が抱く。
「寂しい場所ね、悪霊の私が言うのはおかしいけど」
「そうだね。人の手が入っていなくても劣化しないのも凄いけど、つまらない場所だよ。さっさと先に行こう、長くいても楽しい場所じゃなさそうだ」
ドゥームたちが進むと廊下の部分はそれほど長くなく、すぐに部屋らしき場所が目の前にあった。もう一度ドゥームが掌をかざしてその場所を開けると、立方体の味気ない部屋に照明がともる。その中に一歩踏み込もうとすると、部屋に中心一人の男が立っていたことに気付き、ドゥームがびくりとして足を止めた。
「(明かりのない部屋に、人間がこの姿勢のままいたのか? こいつ――)」
「入るな」
その男は抑揚のない声で警告した。手には既に剣が握られており、警告を守らなければ実力行使に出ることは明らかと言わんばかりの迫力を持っている。
しかし入るなと言われて引き下がるわけにもいかない。ドゥームは仲間をその場所にとどめながら、自分だけがまずは踏み込んだ。
続く
次回投稿は、6/23(火)7:00です。