戦争と平和、その540~廃棄遺跡中層⑭~
「(いや、俺がこの中では一番年少だろうけどよ・・・だからって不安になるってわけじゃねぇが、バラバラに探すのは愚策じゃねぇのか? そりゃあ皆自身があるのかもしれねぇが、何が出て来るかわからねぇんだ。ウッコだけならいいが、いくら死んでる遺跡だからって、それ以上の何かが隠れているとも限らねぇんだ。いいのかよ、これで)」
ジャバウォックは本来孤高の存在である。大昔に存在した狼の原種にして、その亜種であるジャバウォック。本来は茶色の体毛であるところを黒一色に生まれ、その凶暴な性格と牙まで黒いことから、黒牙と呼ばれた。
かつて銀一色だった個体は白銀公と呼ばれ敬われたらしいが、自分は黒いというだけで不吉だと言われ、物心つく頃には忌み嫌われていた。もし自分が白銀公のように高貴な体毛だったら、もっと違った人生だったのだろうかと、ジャバウォックは何度も苦悩したことがある。
ゆえに黄金のミリアザールに惹かれたのか、それは定かではないが、強烈な恨みはジャバウォックをただの亜種でとどまらせることなく、他の種族の王種を越える強さと、狼の原種にしては巨大すぎる体躯を与えた。襲い来る同族をその強さで全滅寸前に追い込み、同族だけでは種の維持ができず、他の弱い種族とまじりあうまで追い込んのだのは間違いなくジャバウォックだった。
ピレボス連峰の一つに常夜の山があり、それがロックルーフなる怪鳥が塒にしているせいだと聞きつけ、黒一色は俺の世界だから生意気だと言いがかりをつけ戦うまで――彼は実に千年以上孤高の存在だったのだ。
今ではロックルーフともレイキともつるむことに慣れてしまったが、一人に戻るとその本能が刺激される。と、同時に、道すがらシュテルヴェーゼ、トゥテツ、カレヴァンから聞いた情報が彼の脳内を駆け巡った。自己以外の他人にほとんど興味を抱かずに生きてきたゆえに、その情報は真新しく、先入観なくジャバウォックは判断することができる。
「(変――だよな。俺は遺跡には真面目に挑戦したことはねぇけどよ。シュテルヴェーゼ様で攻略できない遺跡だろ? 死んだとはいえ、そうそう簡単に地面が抜けるものか? 罠――だとして、何のために? ウッコを餌に、誰をおびき寄せたかった? ブラディマリア? それともソールカ? いや、奴らが来るとは限らなかったはずだ。ブラディマリアが参加しているのは偶然だし、かの戦姫が目覚めたのも予定より早いと聞いたぞ? ならば、誰か――アルネリアに近くて、ウッコの目覚めに呼応してしかも討伐に出ることができる者――俺たちか? まさか、誘き出したかったのは俺たちなのか!?)」
ジャバウォックがはたと思いつき足を止めた瞬間、ロックルーフから連絡が入った。シュテルヴェーゼでもなく、その他二人でもない。ロックルーフが直接連絡をしてきたのだ。
ジャバウォックが良い機会とばかりに今の考えを話そうとして、通信用の球からはロックの絶叫が聞こえてきた。
「逃げろ!」
「――は?」
「シュテルヴェーゼ様を連れて逃げろ! 罠だ!」
その言葉とともに、急に通信が遠くなる。おそらくは球がロックルーフから離れたのだ。まだ壊れてはいないようだが、交信が切れるでもなくロックルーフ周囲の様子をジャバウォックに流し続ける。
「こんな――攻撃が効かない! そんな馬鹿な――魔術もなく、どうして――方術? どうしてお前が方術を――知っているぞ、その顔――貴様が、レイキを!」
「おい、ロック? ローーック!」
「馬鹿な、貴様はなんだ――この化け物がぁあああ!」
球の向こうからは凄まじい叫び声と、何かが大量に流れ出る音がした。水源がないとしたら音の原因はただ一つ、流れ出るロックルーフの血である。そして球に誰かが触れた音がすると、音の様子が変わった。誰かが持ち上げたのだとジャバウォックが察すると、息すらひそめてジャバウォックは耳を澄ました。一つでもロックルーフを追い詰めた相手の情報を得るためである。
だがそれもわかっているかのように、相手は勝ち誇るでもなく、「しぃー」と静寂を促したのだ。こちらが息をひそめていることが悟られたことにわかると、ジャバウォックは激昂した。その額に複数の青筋が浮き出るが、相手はそれすら小馬鹿にしたように「くくっ」と忍び笑いをした。
それを聞いたジャバウォックは怒りを通し越し、逆に冷静になる。そして球を握り潰さないように反対の拳を血が出るほどに握り締め、相手に向けて宣戦布告した。
「・・・いつか、テメェの正体を暴いて殺す。必ず、この黒牙の名誉にかけて、テメェは闇の底に引き摺り込んでやる」
その言葉が相手に響いたのかどうなのか。少し間を置いて躊躇いながらも、相手がついに返事をしたのだ。
――知っているか? 闇の底には風が吹くんだ――冷たくも、暖かくもなく、ただ空虚で無慈悲に身を削る風が延々と――お前の言う闇など、ぬるい――
そう言って、ロックルーフの球が破損した音をジャバウォックは聞いた。その声には威圧感などはなく、ただ冷たく無感動だった。底知れない絶望と虚無感――そんな印象をジャバウォックは抱いた。
きっと残酷ではない。だが、慈悲などない。ただただ相手は絶望して全てを棄てている。そんな印象に、相手の声を聞いたことがあるかもしれないという可能性は、ジャバウォックの頭の中からは消えていたのだった。
続く
次回投稿は、6/17(水)8:00です。