戦争と平和、その539~廃棄遺跡中層⑬~
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「さて、ここはどこだ?」
「真っ暗で何も見えねぇ」
シュテルヴェーゼ一行もまた別の場所に着地していた。彼らは他の者よりも夜目がきくし、ロックルーフが体の一部を戻して翼とし、そこに他の者を乗せたので落下の衝撃もなく無事に着地していた。しかし夜目が効くとはいえど、光の届かぬ真の闇では何も探り様がない。そこに帯同するトゥテツとカレヴァンが光を灯した。
「このくらいならできるようじゃの」
「ええ。ただ魔術が使えないから、この明かりも長くは持たない。この分体の機能じゃあ、せいぜい半日が限界」
「それでも助かる」
二人が照らす光を頼りに、シュテルヴェーゼは周囲の様子を探った。精霊はおらず、魔術の類はほとんど使用できない。古竜と強大な魔獣である自分たちならば多少の危機は問題ないだろうが、ここは遺跡である。かつて遺跡の攻略を試みたシュテルヴェーゼなので、遺跡がどんなものかは心得ていた。
当然、ロックルーフとジャバウォックも質問する。
「シュテルヴェーゼ様、ここはいったい?」
「遺跡ってのは侵入者を排除するんじゃなかったっけ? 何も出てこねぇどころか、死んだみたいに静かだぜ」
「・・・」
二人の感想にシュテルヴェーゼもまた答えようがない。以前大草原の遺跡を攻略しようと試みた時には、大量の敵に出迎えられた。下の階層に進むごとに敵は少なく、強くなり、四階層では一対一が精一杯、しかも数回戦うと地上までの撤退を余儀なくされる程消耗した。
そして第五階層で待ち受けていたそこのトゥテツには、戦うこと数十回――ついに一度も膝をつかせることができなかった。戦い方の多様性、反応速度、攻撃力、防御力。どれをとっても勝てなかったのだ。
だから既に機能停止した遺跡といえど、かつての激闘を思い起こされるシュテルヴェーゼとしては、拍子抜けするとともに、足元が泡立つような緊張感が抜けなかった。ここから先は死地――本能がそう告げている。
トゥテツがそんなシュテルヴェーゼを見て、穏やかに告げた。
「さて、照らした限りでは、前に三本、後ろに二本の道。丁度五叉路ですな。各々型が元の姿に戻れば、上からの脱出も可能でしょう。前に進むか、後ろに進むか、脱出するか、いかに?」
「探索を優先するか、合流を優先するかの問題もあるわ。魔人がこの精霊のいない土地でそれほど力を発揮できるとは思わないけど、戦姫ソールカとの合流は有益かもしれない。分散しての探索という手もあるけど」
「シュテルヴェーゼ様、いかがされますか?」
トゥテツとカレヴァンの意見を元に、ロックルーフがシュテルヴェーゼの意を汲もうとする。シュテルヴェーゼが小さく息を吐くと、意を決した。
「トゥテツとカレヴァンがいるなら、魔術がなくとも互いに連絡をとる手段はあるのではないか?」
「ふむ、そうきたか。たしかに我々にはそういう手段があるのぅ」
「我々でも使えるのか?」
「使えなくはないわ」
カレヴァンが懐から小さな光る球を取り出した。暗闇にも薄く光る、指先程の球だ。
「これに向けて小流を流せば、互いに離れていても会話ができるわ。半径一万歩くらいは有効だから、少々の探索なら問題ないでしょう。光源にもなるわ」
「それよりこの遺跡が広い可能性もあるがのぅ」
「まずはこれで連絡を取りながら、五方向に散っての探索をしよう。そしてそれぞれの道の情報を共有し、どの方向を取るべきか最終決定する。目標はウッコの撃破を優先に、遺跡の探索も可能ならばする。それでどうだ?」
「異論はありません」
「まぁシュテルヴェーゼ様の決めたことならよ」
「やれやれ、ワシらは戦闘能力はないのだがの」
「ぼやかない。分体が壊されたところで、どうせ痛手にはならないのだし」
そう言いながら彼らは五つの道をそれぞれが進み始めた。別々の方向に進んでいく背中を見ながら、一番不安を感じていたのは実はジャバウォックだったかもしれない。
続く
次回投稿は、6/15(月)8:00です。