戦争と平和、その538~廃棄遺跡中層⑫~
「大丈夫よ、いきなり戻ったから違和感があるだけ」
「ふぅ、心配をかけるのではありません」
「どこか異常はないですか?」
「ない・・・はずだわ。中の人とも――意思疎通は取れそうね。ライン?」
「おぅ、なんだ」
呼ばれたラインはダンススレイブを手にしていた。それを見てアルフィリースはふっと微笑む。
「――理解しているようね。ならいいわ」
「わかってる、殿は俺がやるぜ。不意の襲撃があれば、俺が一番反応が速いだろうしな」
「ここでは魔術の警戒は役立たずだわ。リサとあなたが頼りよ」
「レクサスもだ。使い倒してやれ」
「だそうだけど、ルイ?」
アルフィリースがルイの方を見ると、隠れようとしたレクサスをぐいと前に突き出した。
「こんなのでよければ、使い潰してくれ」
「ひええっ、犠牲になれと?」
「昔すっとぼけたふりをして、私の胸をしこたま触ったわよね? あのツケを払ってもらいましょうか?」
アルフィリースがにこりと微笑んだので、レクサスは逆に震え上がった。
「う、うう~こんなに高くつくとは。姉さん以外の胸を揉んだバチがこんなところで・・・」
「マジかよ、お前羨ましい奴だな、レクサス!」
「ベッツ、勘違いするな。揉ませたことなど一度もない!」
「一回くらいご褒美やれよ。だからレクサスが変態行為に走るんだぜ?」
「そうっすよ!」
「ワタシが何もせずとも、そいつは変態だ。良いからさっさと殿に行け!」
「へいっ!」
ルイが剣を抜きかけたので、レクサスがラインと共に殿に言った。それを見て、ルイがようやく安堵の溜め息を漏らす。
「まったく・・・緊張感のない奴だ」
「緊張感ならあるわ。いつかの戦闘時よりも、はるかに周囲を警戒しているじゃない」
「それがわかるようになったか・・・どうやら調子は良いようだな? 明日の試合も楽しみだ」
「うっ、明日の武術大会で当たるのよね・・・楽しみだけど、寝不足確定だわ」
「条件は同じだ」
アルフィリースが困惑し、ルイが笑った。そこにディオーレも加わる。
「そのためにも、生きて戻らねばな? まだ女性部門も残っていることだし。アルフィリースはそちらも残っているのだろう?」
「あー、そうなんだけど私の仕事が立て込んだり、試合が大事になったせいで待ってもらっているのよね。下手すると、一日何試合も消化しないといけないかも。ディオーレさんは?」
「無論残っている。総合部門で負けた以上、女性部門一つでも優勝せねばアレクサンドリアの面目が保てないだろうな」
「明日の話もよいですが、私が強硬に主張した手前、アルフィの方針を聞かせてくださいな。無策で交代したわけではないのでしょう?」
リサの言葉に反応し、すぐにミュスカデを呼ぶアルフィリース。
「ミュスカデ。まだ体内魔力は残っているわね?」
「ええ、まだ中期防程度の魔術なら何発か行使可能よ」
「いえ、戦闘は捨てて頂戴。それよりも、ソールカが戦闘になると明かりが乏しいわ。炎で周囲を照らすことに専念して頂戴」
「私は松明か?」
「重要なことよ。松明がなければ撤退した方がいいわ。光源の術式は、そうね――」
ミュスカデとアルフィリースが何やら相談し、ミュスカデが炎を松明の様にして四方と頭上に展開した。魔術を行使したミュスカデ自身が、不思議そうにその魔術を見つめている。
「炎同士がうっすらと繋がって・・・これはセンサーのように感知も兼ねるのね。こんな魔術は知らないわ」
「師匠の作製よ。あの人、魔術を開発することが趣味だったから。一定の法則に則って魔術を行使すれば、結果は予測できるってのが持論だったわ。これは洞窟なんかで松明を失くした時のために作った魔術だそうよ。魔力の消費を抑えて、並程度の魔術士でも数刻はもつように作っているから、ミュスカデなら一日はゆうにもつはず」
「力や精霊を行使することには魔女が長けていても、魔術の扱いはそうとも限らない、か。まだ知らないことが多いわね」
「次、ラーナとクローゼス、それにディオーレさんも」
「はい」
「うむ」
「私もか」
三人を呼んで何事か打ち合わせを始めるアルフィリース。リサはその様子を見ながら、もう大丈夫だろうという安心感を抱いている自分に気付く。未知の状況、危険な場面。そういう時こそ、アルフィリースがもっとも力を発揮し、輝くと思うのだ。
「(力はもう一人のアルフィリースの中に入っている者や、さきほどのミコなる者が上でも、発想でアルフィリースを上回る者などそういるものではありません。さて、アルフィリースが何を考えているか、楽しみにしましょうか)」
リサは小さく笑いながら、センサーとしての仕事に集中していた。
続く
次回投稿は、6/13(土)8:00です。