竜騎士三人、その7~竜騎士の皇女~
「第二皇女・・・ということは」
「お姫様!?」
アルフィリースが素っ頓狂な声を上げる。アンネクローゼは多少きまりが悪そうだったが、すっとアルフィリース達の方を見ると頷いた。
「いかにも。もっとも私は12の時から軍人として活動しているから、世に一般の姫というにものはほど遠いだろう。宮廷作法も苦手だしな」
「すごーい! 私、お姫様の友達とか初めてかも!」
「いや、人の話を・・・」
「ねぇねぇ、お城の暮らしってどんなの??」
アルフィリースはもはやアンネクローゼの話など聞こえていない。アルフィリースも女性であり、『お姫様』という存在に憧れたこともある。フェンナも王族で気品はあるが、森の民は人間とはまた違う趣だった。アルフィリースの中でお姫様といえば、やはり人間の王族を意味するのだろう。
アンネクローゼを前に子どものようにはしゃぐアルフィリースを前に、アンネクローゼも戸惑いながらも、しょうがないといった顔でアルフィリースを見ていた。
「アルフィは私の妹に似ているな」
「アンネには妹がいるんだ?」
「10歳離れているがな」
「えー、私そんなに幼くないよ?」
そう言って子どものようにむくれるアルフィリースに、アンネクローゼがくすりと笑う。ここにきてアンネクローゼもまたアルフィリースに対して完全に警戒心を解いていた。不思議な娘だと、内心ではアンネクローゼはアルフィリースに興味を持ったようだった。
「でもさあ、いいのかい? 第二皇女なんて偉い人が、護衛もつけずに傭兵なんかと風呂に入って?」
ミランダが多少呆れながら質問する。
「構わんさ。私に何かあれば、ローマンズランド3万の竜騎士と、総勢30万の軍団が地の果てまで追いかけてくる。そんな愚を犯す馬鹿はいるまい?」
「なるほど、むしろ身分をばらした方が安全だと?」
「そうとも言えるな。もっとも相手次第だろうが」
アンネクローゼがニヤリとしたので、ミランダも肩をすくめてこれ以上は何も言わなかった。やはり大国の皇女だけあって、したたかさも兼ね備えている。そんなことは気にせず、アルフィリースの方はしきりとアンネクローゼに話しかけている。
「なんでこんなところに皇女様がいるの?」
「視察さ、属国が大人しくしているかどうかのな。近頃どうにも不穏な噂が多くてな。だが私が出向いているのは一応内密でな。まあ抜き打ち視察というところだな。その途中にアルフィ達の噂を聞いたから、これはただ事じゃないかと思ったのだが、どうやらはずれたようだ」
アンネクローゼのその言葉に、そうでもないかもしれないとアルフィリースは思ったが、真実を話すのはやめておいた。アンネクローゼも余計な事を聞かないでいてくれるようだし、それならややこしい事情をアンネクローゼに話すこともない。アルフィリースはいつの間にかアンネクローゼの事を嫌いではなくなっていたが、まだそこまで全面的に信頼したわけでもないし、ローマンズランドという国を信用したわけではない。それにオーランゼブルの事を話してどうなるものでもないだろう。
アルフィリースは口まで湯に浸かってぶくぶくと泡を立てているが、アンネクローゼは警戒心を解いたせいか、体を一通り洗い終えると湯船に入って愚痴をこぼし始めた。
「それに軍中にあって、任務のためにいちいち国外に出る事を父上に申し立てしていては、軍務に滞りが出ようというもの。専制君主制というものはそういった点では面倒くさい。子どもは沢山いるのだから、私ぐらい好きにさせてもよいだろうに」
「へぇ、ローマンズランドって、そんなに直系の子孫が多かったっけ?」
「男が5人、女が3人だ」
アンネクローゼがそっけなく答える。
「私は下から4番目だから、一番好きにさせてもらっているかもしれん。一番下のウィラニアは一人だけ歳が離れているから、兄や姉たちも可愛くて仕方がないのか、軍人気質の王家においても常に宮中に置かれている。おかげでウィラニアは我儘放題で、城の者も手を焼いているのさ。それでも他の兄弟には愛想がいいのだが、私にだけはなぜか突っかかって来てな」
アンネクローゼがぶつぶつ文句を言う。見ず知らずの傭兵達にこうやってローマンズランド内の事情を話すのはミランダなどはどうかと思ったが、どうやらアルフィリースに多少似た所があるのか、なぜかミランダは憎めなかった。ローマンズランドの王族はもっと気難しい人間が多いとミランダは思っていたので、予想に反していたのもある。こういった人物が外交担当なら、多少はアルネリア教会としてもやりやすいのではないかとミランダは考えていた。
「(あ、でも初対面は最悪だったし、ローマンズランドってこういう人種なのかもしれないわね)」
ミランダは体を半分湯から出しながら考え込んでいた。一方で、アルフィリースはアンネクローゼの話に興味津々といった様子で、どんどん彼女に質問を投げかけている。
「アンネは最高位竜騎士なんでしょう?」
「ああ、6年ほど前に叙勲した」
「すごいな~それだけ竜の扱いが上手いんだよね?」
「・・・それはどうかな」
アンネクローゼの顔が少し翳るのを見て、アルフィリースが首をかしげる。そしてアンネクローゼが、アルフィリースの腕にある呪印に気がついた。
この度から、アルフィリースはわざわざ呪印を隠すのをやめにしていた。いつも長袖だと逆に不審に思われるし、どうせ黒髪で目立つのだ。むしろフェアトゥーセが見ても詳細が分からないほどの呪印なら、魔術の知識がない者になら見られても大丈夫だと判断したし、これから傭兵仲間を集めるのなら隠しようもなくなる。ならばいっそ目立ってやれと、ミランダやリサと話しあった結果だった。
「それは?」
「ああ、これね。これは呪印って言って、私の力を封印するためのもの」
「封印・・・私は魔術の事は詳しくはわからないが、聞いていいものか?」
「うーん、あまり聞かれたくはないかな?」
「ならばやめておこう。そういえば私にも不思議な印があるんだ」
「え? どこどこ?」
「首の後ろに・・・」
アンネクローゼがぴしゃりとそれ以降呪印の事を気にもかけなかったので、アルフィリースはますますそのさっぱりした性格が気に入ったようだった。アンネクローゼにしてもアルフィリースは素直な妹でも言えば良いのか、話しやすいようだった。2人は竜のことでも気が合うし、急速に仲良くなっていった。
***
「じゃあ、アンネ。おやすみなさい」
「ああ、アルフィ。良い夢を」
風呂から出ても話の尽きなかった2人は、身分の事も顧みず仲良く話していた。既に愛称で呼び合うのも抵抗が無くなっている。不思議な娘だとアンネクローゼは思った。状況が違えば殺し合いをしていたかもしれないと思うと、余計不思議に思えるのだ。ドーチェが引き合わせてくれたと考えてもいいかもしれない。
そしてそこに治療を終えたユーティとラーナが帰って来てドーチェの無事を告げると、アンネクローゼは一度ドーチェの様子を見に行く。ドーチェはやすらかな寝息を立てており、既に腹の傷も跡がわからないほど見事に治療されていた。
アンネクローゼはほっと胸を撫で下ろすと、見張りにドーチェの様子に変化があればすぐに連絡するよう言いつけ、寝るために宿に戻る。アンネクローゼが宿に戻ると、夜遅いためか酒場にも既に客はほとんどいなかった。そして彼女が何気なく酒場の一角を見ると、そこにはルイとレクサスがまだちびちびとやっていた。そのルイを見てはっとするアンネクローゼ。
「(まさか・・・?)」
アンネクローゼはつかつかとそのテーブルに寄っていくと、ルイに声をかける。
「失礼します。不躾ですが、ルイ=ナイトルー=ハイランダーではないでしょうか?」
「そんな大層な名は知らんな。ワタシはただの『ルイ』だ」
「その喋り口、間違いないですね。ルイ先輩、お久しぶりです。アンネクローゼです」
「他人のふりをしたいと言っているのに、アンネは強引だな。久しぶりだな」
そのやりとりを見ると、レクサスは無言で席を立った。自分がいない方がよい話だと思ったのだろう。こういう時には彼はきちんと気を利かせる。
そしてレクサスがいた席にアンネクローゼは座ると、ルイが窘めるように彼女を見た。
「いかに相手を威圧するためとはいえ、皇女が軽々しく自分の名前を口にするものではないだろう」
「ルイさんが私の事を忘れていると思いましたから」
「忘れるわけがないだろう、かわいい後輩の事を。ちゃんと覚えているよ」
「それなら・・・あっ」
ルイがアンネクローゼのあたまをわしゃわしゃと撫でたので、アンネクローゼは面喰いつつも、撫でられるがままにした。
「懐かしいな。アンネが最初にワタシの所に来た頃、よくこうやって頭を撫でたものだ」
「ええ、ルイさんは私の最初の教育係ですものね。私が皇女だと知っても遠慮がなかったのは貴女だけでした。他の者はまるで腫れものでも扱うように私の事を扱ったものです」
「何も遠慮することはないのだがな。陣中においては君命も聞かざるべし、とも言われるしな」
「だからといって、初対面で尻を蹴飛ばされるとは思いませんでしたが」
そういって意地わるそうな顔をするアンネクローゼ。その顔を見てルイが苦笑いをする。
「また懐かしい話を」
「でもそのせいで貴女は自分の株を逆に上げましたね。皇女の尻すら蹴飛ばす公平さの持ち主として」
「あれはアンネが悪い。当初のアンネは我儘で、集団行動ができなかった。もっともそれまでの教官がきちんと教え込んでいないのが原因だろうが。しかしもうワタシが国を飛び出して4年近くか。アンネは今どうしている?」
「今は空戦第三師団、師団長を拝命しております」
「師団長か。まあ最上位竜騎士ともなれば当然だな」
ルイがグビリと酒を飲み干す。アンネクローゼにも杯を勧めると、彼女もまた一口に飲み干した。
「うむ、イケる口になったな」
「貴女に鍛えられましたから」
「酒を飲んではむせていたあの頃が懐かしいな」
「まだ昔を懐かしむほど、私達は歳をとってはいないでしょう?」
アンネクローゼがルイの言葉を訂正しようとした。だがルイは気にかけてはいない。
「歳をとったさ。色々な事がここ数年でありすぎた。アマリナさんが軍を辞め、ワタシも辞めて。あの頃は3人でローマンズランドを支えていこうと話し合った時もあったがな」
「はい。それぞれが師団長になろうと」
「アンネは叶えた」
「私は自分の力ではありません」
アンネクローゼが申し訳なさそうな顔をする。
「だが師団長になったことは事実だ」
「あんなことさえなければ・・・」
「よせ、それが政治というものだ。私も当時は腹が立ったが、今ではそう思えるようになったよ」
「・・・傭兵をしているからですか?」
アンネクローゼの問いに、ルイが意外そうな顔をする。
「知っていたのか?」
「ブラックホークの隊長に、氷の剣を使う女剣士がいると風の便りで。貴女の様な剣士は、2人といませんから」
「なるほど、ワタシも有名になったか。その割にはワタシの元には家から連絡は来ないがな」
「それは・・・」
酒瓶が空になったのをルイが見ると、もう一本勝手に酒を持ってきた。マスターは既に寝たのか、もう店にはいない。客もいつの間にか全員帰っている。帰るなら一言あればいいのにとルイは思うが、タダ酒が飲めるのなら文句は言うべきではないかと思いなおす。
そしてまた席に着くとグラスに並々と注いで飲み始めた。
「まあ連絡がないならないで、気楽なものさ。ワタシもあの家にはもう関わりたくない。気にかかるとすれば、姉上と妹のことだな」
「二人とも健在ですよ。先日リルシャ殿は2人目のお子様を無事出産されました」
「それはめでたいことだ。ミラは?」
「ミラは・・・正式に軍に入隊しました」
「何だと?」
ルイの顔色が初めて変わる。酒を飲もうとしていた手をピタリと止め、真剣な面持ちでアンネクローゼに眼差しを向けていた。
続く
次回投稿は、5/3(火)20:00です。