ルキアの森の魔王戦、その5~アノルンの告白①~
「アタシね、山間の薬師の村に生まれたんだ」
アノルンがふと遠い目をする。
「族長の孫でね。村じゃ『お嬢様』なんて呼ばれてた。アタシがだよ?」
はは、と乾いた笑いを漏らすアノルン。どこか自嘲的にも見える。
「アタシの村では色んな薬を開発してた。回復に使う薬が中心だったけど、他にも爆弾みたいなものを作る奴もいたし、毒薬なんてのもいたな・・・一番有名なのがエリクサーかな」
「エリクサーってあの、死人も甦らせるってやつ?」
アルフィリースの言葉に、アノルンがくすりと笑う。
「流石に死人は無理だけど。でも、どんな重態でもほぼ一発で回復だったね。あれを一瓶飲ませて治らない病、怪我の方が珍しかった」
「確かすごい希少価値の高い薬よね? エリクサーを求めようと思ったら、小さな町が一つ買えるって聞いたわ」
「今はそのぐらいするらしいね。まあ作り方を知ってるのは、もう世界でアタシだけでしょうよ」
「アノルン、作れるの!?」
「ちっとはアタシのすごさが分かったかい?」
そんなものを作れなくてもアノルンを色々な意味で凄いと思ってるアルフィリースだったが、それは口にしないでおいた。
「ただ材料がもう揃わないさ。アレは材料を取ってくる奴らがいての話だからね。と、話がそれたか」
アノルンが頭をぽりぽりとかいて話を続ける。
「で、アタシの村では薬を開発してナンボだからね。アタシも7歳で自分の工房を与えられ、色々と研究してた。んで13の時かな? ばあちゃんが倒れてね。ばあちゃんは寿命だって言ってたんだけど、アタシは納得できなくて・・・馬鹿なことに寿命を延ばす研究なんてのを始めたんだ。まさに子供の発想だろう?」
「そんなこと・・・」
何かを言いかけるアルフィリースをアノルンは手で制する。
「いいのよ。それでアタシは工房に何カ月も引きこもってた。それで不思議なもんでね、寿命がちょっと伸びる薬が本当にできちまったんだよ。こんなアタシでも薬作りの才能だけはあったのかな。アタシは嬉しくって、すぐばあちゃんに飲ませようと薬を持って外に出た。そしたらね・・・」
アノルンがふと暗い目をした。
「みんな・・・殺されてたんだ」
「な、なんで!? 誰に?」
「わかんない」
アノルンが首を振った。
「アタシ達の薬は金の成る木だった。そりゃ敵が多いのも知ってたけど、多すぎてわかんなかった。アタシはまだ子供扱いされてて詳しい話は知らなかったし。お笑い草さ。寿命を延ばす薬を研究してる工房の上で、皆殺されてたんだから。皆が殺されて怒りもしたけど、それ以上にアタシは怖くなっちまってね。助けを求めようにも世界中が敵に思えて・・・恥ずかしいことに工房に引きこもっちまったんだ」
「工房に?」
「うん。工房は自給自足ができるほどには広かったし、アタシの工房は地中深くて見つからなかったし、唯一安全なように思えたのさ。そもそも見つからなかったし。それでさらに『みんな生き返らせればいいんだ』って思い始めてた。どこかおかしくなってたんだろうね・・・」
淡々とアノルンは語り続ける。
「それからどのくらい時間がたったかもわかんなかった。色んな薬を作っては、自分で試してね。時に毒薬みたいなのも作っちゃって死にかけた時もあったな・・・そのまま死ねればって思ったけど、アタシ案外しぶとくてね。ある時、材料の植物を取りに別の部屋にいったらさ、植物が枯れてたんだ。確か寿命が30年くらいの奴。それで『アタシいつの間にかおばちゃんだぁ』って思って鏡を覗いてみたんだ。そういや工房にこもって誰とも会わないし、一回も自分の顔を見てないと思いだしてね。さぞかしひどい顔になっただろうから、爆笑できるかと思ったんだけど、アタシの顔はどうみても20代のものだった」
アルフィリースは言葉もない。
「最初はわけがわかんなくてね。アタシって40代でもこんな顔してんだって思ったけど、しわの一つもないのは変だなって思ったくらいで、その時はなんとも思わなかった。ところが、ある日間違えて爆発物に引火しちゃってね。しかも目の前で。アタシは粉々になって吹き飛んだ・・・はずだった」
「・・・」
「ああ、死んだ。これで家族や皆の所に逝けるって。アタシの人生つまんなかったなってくらいだった。ところが、しばらくするとアタシは傷一つ無い状態で目が覚めた。服はぼろきれ状態で、工房の中もめちゃくちゃなのに。それで気がついたんだ。アタシは不老不死になってたんだっってね」
「どうして・・・」
「アタシもわかんない。色んな薬片っ端から試したからどれか一つがそうだったのか、順番が大事だったのか。なんせ爆発のせいで研究成果も燃えちゃったから検証もできなくて。あ、でも不老不死っていっても魔術で無理に動かすアンデッドじゃないから、首が切れたら機能的に動けなくなるし、飢餓状態でもダメ。エネルギーを自分で無限に作り出せるわけじゃないから。凍っても動けないから同じかな。アタシの不老不死は、『一番良い時の状態に戻る』っていうのが正しいのかもしれない。
それにお腹も人並みに空くし、睡眠もとらないと力が出ない。でも不老不死なんてまっぴらごめんだと思ってとりあえず色々やって死のうとしたけど、燃焼性の爆弾飲み込んでの自殺が無理だった時点で死ぬのは諦めた」
「そんなことまで・・・」
アルフィリースは悲しそうな顔をした。明るいアノルン--少なくともアルフィリースはそう思っているが--がそこまでやるとは、余程人生に絶望していたのだろう。
「他にも色々やろうと思えばできたけど・・・あんまり自分をいたぶるのは趣味じゃないし、もうこれは天に『生きろ』って言われてるのと同じなんだって思うことにしたわ。ちょっと外の世界にも興味があったし、元々ネアカではあったからね。で、村で使えそうなものを引っ掻き集めて旅に出たのさ。もう何十年も経ってたから、さすがにアタシがあの村の生き残りだなんてばれないと思ってね」
「・・・」
「んで、傭兵を始めたのさ。護身術くらいは身につけてたからなんとかなるかってくらいの軽い気持ちでね。不死身になって気も大きくなってたし、実力の伴わない不老不死の恐ろしさその時はわからなかった。まあ完全に人生を舐めてたけど・・・最初のころのアンタと同じさ、アルフィ」
「? 同じ?」
首をかしげるアルフィリースに、アノルンがちょっと小馬鹿にしたように話す。
「カモがネギしょって歩いてるってやつさ」
「ひどい!」
「ま、でも実際そのとおりさね。女一人の冒険者のくせして、町に入っていきなり『一晩泊れるところはどこですか?』なんて通りすがりの男に聞いちまうんだから。その後、アタシがどんな目に遭ったか、わかるだろ?」
「・・・それは」
アノルンはあえて語らなかったが、どういう意味かはアルフィリースには容易に想像がついた。アルフィリースも同じである。
冒険を始めて、最初に訪れた村でのこと。次の村の場所を確認するためにその辺の男性に声をかけた。実に奇妙なほどに親切にしてくれたその男性は、仲間と一緒に晩御飯までおごってくれ、ご丁寧に酒まで出してきた。アルフィリースはその時酒など飲んだことがなく、どの程度が自分の適量かもわからず勧められるままに飲んでしまった。そして意識が朦朧とする中、男性達が交わしていた言葉をおぼろげに覚えている。
(おい、また旅の女をかどわかすのかよ・・・いつか天罰が当たるぜ、お前ら?)
(へへへ・・・当たるならとっくに当たってるさ。全く女って奴はバカばっかりだな、女の一人旅でノコノコと男について来て酒を飲むなんてよ)
(そうそう、悪いのはこの女が無知だからだぜ。俺達は親切に世の中の厳しさを教えてやろうとだな・・・)
(ったくゲスどもが。一回死の国をめぐってきやがれ)
(とかいいつつ、酒にしびれ薬を混ぜてる店主はなんなんだよ・・・どうせ俺達が帰った後にゆっくりご相伴にあずかろうてな腹積もりだろうが、このタヌキ親父め)
(俺は宿の部屋を貸すんだからな。その代金分頂いているだけさ)
(そんな言い訳あるかよ・・・いいから奥を借りるぜ)
(あっちの連中も見てるぜ、いいのかよ)
(なあに、口封じに後でこの女の相手させてやればいいさ。この辺じゃ滅多に見ねぇ上玉だからな、アイツらもちろちろ見てたじゃねぇか)
(でも黒髪だぜ・・・魔術士じゃねぇのか? 魔術士を怒らせると、後が怖えぜ)
(知るかよ、こうなったらもう抵抗できねぇさ)
(それもそうか・・・じゃあやっちまうか?)
(ああ)
(待ちな!)
そこからアルフィリースの記憶はぼんやりとしている。ただおぼろげに男達の悲鳴と、建物が崩壊していく音を聞いた気はする。
目が覚めると、金髪の美しいシスターが心配そうな顔をして自分の顔を覗き込んでいた。その後、二日酔いの状態で何時間もたっぷり説教をされたのは記憶に鮮明だ。あとボロボロになった男達と、傾くほどに破壊された宿屋の残骸も。
そう、自分はアノルンに間一髪助けられたが、きっとアノルンは誰の助けも来なかったのだろうとアルフィリースは想像した。
「だから最初にアンタを見た時他人の気がしなかったのさ。最初の頃のアタシそのまんまだと思ってね。アタシは痛い目をいっぱい見て、いっぱい色んな事を知ったけど、良い経験とはお世辞にもいえなかった。アンタには同じ経験をしてほしくなかったんだ、年頃の女としてはね」
「アノルン・・・」
「んな辛気臭い顔するなよ。おかげでアタシは強くなった。鍛錬も一杯したし、する気になった。汚いことも一杯やった。人を騙しても平気になった。人間は利用し利用されるもんだってね。利用される奴は馬鹿なんだって本気で思ってた。もちろんイイ奴らもいっぱいいたよ? アタシに良くしてくれて、すごく平穏に過ごせた場所もあったけど、それでも一か所には長く留まれなかった。アタシは老いもしないし、死にもしない。何年も姿形が変わらないと、段々周りに不気味がられてね。化け物呼ばわりされたこともあったな・・・そんな時ある人達に会ったのさ」
アノルンの目が急に優しくなった。
「もう150年近く前かな? 当時はまだ魔王みたいな連中が沢山いてね。沢山って言ってもほとんど征伐されてたから大戦期ほどじゃないんだろうけど、人間達の争いで色々手も回らないことも多かったから、その間を縫うように勢力を広げてきた魔王が何体もいた。歴史的には小物なのかもしれないけど、一時的に魔王が勢力を取り戻しかけた時期で、世の中も荒んでた。
そんな中で、魔物討伐を無償で引き受けてる連中がいたのさ。俗に言う勇者様御一行ってやつだ。勇者、格闘家、シスター、魔術士の組み合わせでね、ベッタベタだろ? 最初は『バッカじゃないの?』って思ってつっかかった。アタシも既に今くらい強かったしね。その辺にいたアタシの子分をけしかけて、戦うように仕向けたのさ」
「・・・それで?」
「見事にコテンパンにされたよ。4人とも化け物みたいに強くてね。特に勇者の強さは別格だった。アタシなんか片手でひねられちゃったよ。さすがに各国から勇者認定されるだけのことはあったようだね」
「ウソ?」
オークの群れを無傷で追い返すアノルンを片手でひねるとは、いったいどれほどの戦士なのか。アルフィリースには想像もできなかったが、きっとアルベルトともいい勝負ができるのではないだろうか。もっともその領域に到達していないアルフィリースには、比べるべくもない。アノルンもまた自分でも信じられなかった事を表すように、肩をすくめておどけてみせた。
「嘘みたいな本当の話さ。アタシ自身が一番信じられなかったけど、一番信じられなかったのはその後さ。勇者の奴、なんてアタシに言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「『私の仲間になってください、私には貴女の力が必要です。一緒に世界を救いましょう!』ってね。なんて阿呆で暑苦しくて鬱陶しい奴だって思ったさ。そんだけ強かったら別にアタシの力もいらないだろうにってね。でも他にやることもなかったし、どこで化けの皮が剥がれるか見てみたくて、付いて行くことにした」
アルフィリースがふふっ、と笑う。
「なによぉ?」
「だってアノルン、ひねくれてるなって」
「しょうがないでしょ、本当のことなんだから。でね、色んな所に行って色んな冒険をしたの」
アノルンは楽しそうに語りだす。今までの様子とはうって変わった。
「あの頃は本当に楽しかった。最初は馬鹿にしてたアタシだけど、その勇者は本当に聖人みたいな奴だった。誰にも見返りを求めずに戦い続け、そしてどんな苦境でも常に乗り越えて見せた。なのに全然威張らなくてね。子供の喧嘩を止めに行って、自分が殴られて帰ってくるような男だった。でも本当に強い男はこういう奴なんだって思ったわ。・・・そのうち、アタシは知らないうちにアイツのことを好きになってた」
「・・・」
「どんなにアプローチしても全く気付く素振りもないから、ある日ね、寝室に夜這いをかけに行ったわ」
「・・・どうなったか、聞いてもいいのかしら」
「ええ。ベッドで寝てる彼の目の前に、布切れ一枚纏わず立って誘惑してやったわ。そしたら彼、なんて言ったと思う?『い、いけません! 私と貴女は恋人同士ではありませんから、そういうことはいけないと思います! は、早く服を着てくださいっ!』ってね。アタシ我慢できなくて爆笑しちゃった!」
「それはいくらなんでもひどくない? 自分から仕掛けといて」
良い話を期待していたアルフィリースは少し呆れかえる。
「だっていい年した大人のくせに、あんまりにも顔を真っ赤にして、女の子の裸を初めてみた少年みたいな反応なんだもん! 思わず『じゃあ、アタシが恋人だったらいいの?』って聞いちゃった。そしたらしばらく固まった後、『私みたいな取るに足らない人間が、貴女のような美しい魂の方の傍にいてもよいのであれば・・・』って言ったのよ! 容姿を褒められたことは何度もあったけど、心を見てくれたのは彼が初めてだったかもしれない。その時、一生ついて行こうって思ったわ」
アノルンが少女のように顔を赤くしながら話す。本当に彼のことを好きだったことが、痛いくらいアルフィリースには伝わってきた。
続く
閲覧・評価・ブクマ感謝しております。活動報告でも述べましたが、投稿から15日目で無事PV10000突破いたしました。この場を借りて読者のみなさんに感謝の意を述べさせていただきます。これからもより楽しい物語にできるように精進してまいります。
次回は10/23(土)12:00に投稿です。