戦争と平和、その528~廃棄遺跡中層④~
「マリア――これはなんだ?」
「――妾が聞きたいぞえ。こんなものは知らぬ」
そこにあったのは、大型の透明な金属の筒のような容器。その中に、巨人程もある巨大な生物が大勢入っていたのだ。
符の照らす範囲は小さく全てわかるわけではないが、ざっと見たところで容器は百以上。左右にも奥にも、そして頭上にすら同じ容器が何本も定期的に並べられていた。中にいる生物たちはもはや生きてはいないようだったが、その姿形は多様で、ブラディマリアはこれと同じものを見たことがあるような気がしていた。
「・・・アノーマリーの工房と、よく似ておる」
「アノーマリーというと、魔王を作っていた奴だな?」
「そうじゃ。ただ規模も違えば、魔物の大きさも違いよる。なんとまぁ、醜悪なことよ。アノーマリーの奴めが見れば、目を輝かせて美しい、などと抜かしそうじゃがな」
「美醜はともかく、凄まじい執念を感じるよ。この数、種類の豊富さ。一体何を目指し、どうするつもりでこんなものを作っていたのか・・・興味があるな。ひょっとするとウッコなる生き物も、ここで作られたものかもな」
「そんな馬鹿なことがあろうか。それならば、ここの生物たちが全て解き放たれれば、こんな大陸などものの数日しかもたぬではないか」
浄儀白楽の意見をブラディマリアは一笑に付したが、浄儀白楽は割に真剣な表情ですたすたと奥に向かう。その後をブラディマリアはついていくのだが、途中で思わず容器の一つに張り付き、目を見開いていた。浄儀白楽がただ事ではないその様子を見て、同じく容器に近づく。
「どうしたマリア、そのように驚いた顔をして」
「――馬鹿な、そんな馬鹿な!」
「何がだ?」
「この中におる生物は・・・魔人が融合しておる!」
浄儀白楽は見たが、中の生物は頑強な羽に尻尾、角が三本生えていた。ただし多頭であり、腕も6本、脚は海生生物のように触手と化していた。浄儀白楽はブラディマリアが全力で戦う時の魔人の姿を見たことがないため理解できなかったが、ブラディマリアは同じように周辺の容器を駆け回り、その中を観察していた。
「これもそうじゃ・・・これは違うが、あちらはそうか・・・馬鹿な、魔人も実験に使われたというのか? 誰が、どんな奴がそんなことを!?」
「落ち着け、マリア」
「旦那殿、済まぬが落ち着けぬ」
「気持ちがわかるなどど軽い言葉は吐かぬが、今調べるべきはそれだけでは――?」
浄儀白楽は、その奥にぼんやりと浮かび上がる容器に目が吸い寄せられた。容器は二回り以上も大きいものだったが、その中の3つが割れていた。他のものと違い、容器に繋がる配管が多く、さらに容器の前には名称がついているようだった。
明かりが乏しいせいで読めないが、浄儀白楽は猛烈に嫌な予感がした。ブラディマリアはウッコとアッカと言ったのだ。名前は2つ。では、3つ目はなんなのか。しかも、3つ目の容器の周辺はまだ濡れていた。容器は、割れて間がないのではないか。
浄儀白楽は思わず自分が後ずさるのを感じていた。その行為を恥とは思わない。
「――マリア、警戒しろ」
「何をじゃ?」
「ウッコとアッカ以外の容器が割れている・・・いるぞ?」
「は?」
「上か!」
頭上で巨大な赤い眼がくわっと開いて浄儀白楽とブラディマリアを睨んでいた。思わず身が竦む二人だが、浄儀白楽の方がいち早く反応し、ブラディマリアを担いでその場を跳んだ。
直後、二人のいた場所に蛇の様な生物が突撃してきた、周囲の容器ごと床を変形させていたのだ。蛇の様な者はぬらりとした胴体を動かし、頭を2人の方に再度もたげた。その顔は魚そのもので、その瞳が強い意志を持って2人を捉えた。
「なんじゃ、こやつは!」
「知らぬが、退くぞ! 仮にウッコなどと同等の生物だとしたら、貴様が存分に戦えない状況では手におえぬ!」
「旦那殿! 次々来るぞ!」
「獲物と認識されたか!」
我を取り戻したブラディマリアが浄儀白楽から離れ、2人は揃って逃走を始めた。天井からは次々と長い胴体を持った魚の頭が落ちてきており、さらには小型の多足歩行の魚が次々と降ってきては2人を追いかけ始めていた。
さしもの強者2人も青い顔をしながら逃げたが、長い魚の胴体が容器をなぎ倒しながら迫っていた。
「なんとも強引な! おのれ、魔術さえ使えたら一網打尽にしてやるものを!」
「まずは安全の確保が重要だ! 距離を離すぞ、マリア。飛べるか?」
「魔術の補助がなくては速度は出ぬが、走るよりは速かろうよ!」
ブラディマリアが背中から羽を出し、浄儀白楽を抱えて飛んだ。さすがに魚たちよりは速く徐々に距離が空き、獲物に逃げられたと悟った化け物が「ブオォオオオオオ!」と悔しそうに叫んだ声が響いてきた。
2人は同時にふぅ、と安堵のため息をつき、浄儀白楽は冷静に状況を分析していた。
続く
次回投稿は、5/24(日)9:00です。元のペースに戻します。