戦争と平和、その518~導師の会合②~
「導師アースガル、その地点は――」
「アルネリアだ。ここに今、異常なまでに魔力が集中している。この反応はかつて魔人や古竜の時代に確認されたものと同一だ。つまり――」
「ウッコの復活だろうね」
部屋の中にすうっといくつかの人影が浮かび上がる。突如として現れた人影にルヴェールは息を飲んだが、すんでのところで持っていた軽食を落とさずに済んだ。
アースガルは冷静に、浮かび上がった影――導師たちの来訪を受け入れていた。
「どうしたのですか、お歴々。既に人間の世界になど興味がないとばかり考えておりましたが」
「そういうな、アースガル。お前の様に若く好奇心もないが、さすがにこれは見過ごせんよ。ウッコのことは、我々にとってはまさに当事者なのだから」
「アッカは仕留めたが、ウッコは最後まで仕留められなかった。火と雷の魔獣は大海の中で霧散するはずだったのに、死んでいなかったとは驚きだ。だがあれの最後を見届けなかったのは、当時関わった者たち全ての失態と責任だろう。その負い目があるからこそ、我々が出てきたのだ」
「ウッコを倒すためなら、知恵を出し合うべきだ。そうではないかね?」
「ふん。遺跡の管理者シモーラに知恵を授けられ、彼女の使徒として地表を守っていた――といえば格好はよいだろうが、実際にはウッコやアッカと直接戦うだけの力を持たなかったと言った方が正しいのでしょう? もっといえば、力不足の使い走りだ。そのあなたがたが、まるで身を挺して守っていたかのように当時のことを触れ回るのはおこがましいとは思わないのか。
今回だって、どうせあれこれと指示を出すだけで、直接ウッコの元に赴こうとすらしないのでしょう? 導師がその土地を離れるとなれば、それこそ命がけでしょうからな。あなたがたにそんな度胸はありますまい。人の流れからも世の流れからも離れ、何千年もただ糞尿を垂れ流れしているあなたがたには」
アースガルの言い方に、ぴり、と空気が張り詰めたのがルヴェールに感じられた。それぞれが幻影だけを寄越しているのはわかっているが、それでも一人一人が圧倒的な実力備える魔術士に違いない。現代の魔術協会の派閥の長などはおそらく比較にもならず、魔女と比較しても遥かに強い力の持ち主たち。
それらが殺気を向けたのがわかり、ルヴェールは緊張を隠せなかった。対するアースガルは余裕の表情で、むしろせせら笑うかのように魔術で椅子を取り寄せ、鷹揚な態度で座り込んだ。
「――無礼であろう、若輩者が! 貴様を導師に導いたのは一体誰だと思っている?」
「貴様は直接あの時の戦を知らぬから言えるのだ! 精霊に限りなく近しい力をもった彼らの戦いに割って入るなど、人間にできるわけはないだろう!」
「これはこれは。まだ怒るだけの感情をお持ちか、お歴々。一安心ですな、木石が何事をかをほざいても、今の時代は誰もいうことを聞きませぬからな」
アースガルの言い方にさらに激昂しそうな導師たちを、別の一人が諫めた。
「アースガル、我々をわざと怒らせて何が言いたい?」
「一つは、本当にあなたがたが木石となっていないことを確認したかったのですよ。古竜たちはより深く精霊の意志を確認する、などとほざいてそれぞれが大地や天空に同化していきましたが、私に言わせればそれは自らの責務を放棄したに等しい。
百歩譲って古竜はそれでよいにしても、後を託された真竜たちは明らかに未成熟で――そして人間である我々が同じことをしてはいけないでしょう」
「では人を導くかね? 魔力もほとんど持たず、あるいはその力の使い方すらろくに知らぬ者どもを。それができないことは何千年もの間に証明され、議論は尽きたかと思ったがね」
「私もそう思っていました。ですが、つい最近面白い人間に出会ったのです、それも複数。彼らを見ていて、私は自らが『導師』を名乗ったのが恥ずかしくなった。人は導かずとも、自ら歩いて行く。我々は共に歩むだけでよいのだと」
「ふむ――アルフィリースとその師であるアルドリュースかね」
別の一人の指摘に、アースガルは頷いた。そのやり取りに、他の導師たちの殺気が収まる。
「確かに――かの者の歩む道のりは、今までのどの人間たちとも違う」
「未観察の人間と運命だ。あれを運命を切り開く、と定義づけるのは検討の余地がある」
「だが既に君は介入した――そうだね、アースガル?」
「向こうから介入してきたのですよ。ここにいるターラムの魔女、ルヴェールの存在を看破してね。それだけでも並みの人間ではないことはわかりますが、私は運命と大陸の行く末を観察する導師として、彼女の成り行きを確認したい」
「それは彼女の中に御子がいるからかね?」
その質問に、アースガルはしばしの沈黙を保ったのち、否定した。
続く
次回投稿は、5/4(月)11:00です。