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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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竜騎士三人、その5~竜騎士の苦悩~

「なんだぁ、あの態度?」


 ミランダが呆れながら悪態をつく。大してアルフィリースは既に剣を収めており、冷静になっていた。周囲の竜騎士達もアルフィリースが剣を収めたのを見て、それぞれ剣を収める。

 互いに警戒態勢だけは崩していない中、アルフィリースは後ろをちらりと見てリサを呼んだ。


「リサ、外の様子は?」

「はい、50m程先に確かに竜が一頭倒れてますね。その傍に先ほどの女竜騎士がいるようです。心音が乱れているので、かなり動揺しているのかと」

「竜の様子は?」

「あまり良くないですね。呼吸が不規則です」

「グウェン?」

「そうだね・・・これはまずいかも。放っておくと死ぬかもしれないね」


 グウェンドルフの言葉に、アルフィリースは一度目を閉じ、やがて開ける。


「・・・よし、決めた」

「何をです?」


 リサの質問を聞いていないかのように、アルフィリースはつかつかと竜騎士の一人に歩み寄る。竜騎士が慌てて剣を抜いてアルフィリースに突きつけるが、アルフィリースは微塵も動揺しなかった。


「何だ、貴様!」

「私をその竜の元に案内しなさい」

「何を言って・・・」

「早くしろっ! 死なせたいのか!?」


 そのアルフィリースの剣幕に、竜騎士が少したじろぐ。


「アルフィ、何を?」

「ちょっと様子を見てくる。ほっとくのもどうかと思うし」

「やめなよ、こんな失礼な連中に対して!」

「まあそれはそれ。で、どうなの? 連れていくの、行かないの?」


 竜騎士達は顔を見合わせたが、もっとも年配の男が頷いた。


「いいだろう。だが剣は預かる。それに来るのは貴様だけだ」

「いいでしょう」


 アルフィリースは剣を剣帯ごとはずし竜騎士の一人に預けると、年配の竜騎士に伴われそのまま宿を出て行った。


***


「ドーチェ、どうしたんだドーチェ!」

「グ、グルル・・・」


 外では女竜騎士が自分の竜の元に駆け寄り、その様子を見ていた。彼女がいたのはこの町の中央通りだったのだが、竜騎士達が降りて来るやいなや、全員が逃げるように家屋に入ってしまった。そのため、今は通りには彼らだけしかいない。

 金髪の女竜騎士にとってドーチェという竜は単なる相棒ではなく、彼女が幼い頃に引き合わされた幼馴染でもある。ローマンズランドの騎竜は竜にしては小柄で、成長が早い。卵から孵ると、およそ5年で成竜になる。それゆえ、彼女はドーチェと、もう一頭の副竜ドーチェの弟アルロン以外には乗ったことが無い。2頭の竜は女竜騎士にとってただの飛竜ではなく、親友ともいうべき存在だった。

 そのドーチェが息をするのも苦しそうに女竜騎士を見上げていた。体調一つ壊した事のない頑丈な竜なのに、女竜騎士にはまるで原因がわからない。


「ドーチェ! これはいったいどうしたことだ・・・おい、貴様!」

「はっ!」


 呼ばれた竜騎士が敬礼をする。


「ドーチェがこのような状況になったのはいつからだ!?」

「はい! 我々がこの町に到着してからまもなくでございます! 天下の往来に竜を止めては、深夜とはいえ通行の邪魔になると思い、移動をしようとしたところドーチェのみが動こうとせず、ほどなくして倒れました!」

「くそっ、ここに竜医は連れてきておらぬし・・・やはりこの案件は、本国から来る別の見回り部隊に任せるべきだったか」


 女竜騎士が血が出るほど唇を噛むが、もはや後の祭りだ。途方に暮れる竜騎士の面々だったが、いい考えも浮かばずうろたえるばかりの所にアルフィリースがやってきた。


「調子が悪いのは、その竜ね?」

「何だ貴様!? おい、誰が宿から出して良いと言った!」

「それが隊長、この女がどうにかできるかもしれないというので」


 アルフィリースを連れてきた竜騎士は、顔色を変えずに平然と対応した。女竜騎士の癇癪には慣れているらしい。女竜騎士の顔が希望を得たとばかりに少し和らぐが、一瞬で厳しく引き締め直される。


「なるほど。だがその言葉が嘘だった時にはただではおかぬぞ?」

「そんなの診て見ないとわからないわよ。どいて」


 アルフィリースが女竜騎士を邪魔だといわんばかりに押しのける。その遠慮のない態度に女竜騎士はびっくりしたが、アルフィリースは一向に気にかける様子もない。そしてドーチェに向けてアルフィリースは話しかけ始めた。


「あなた、どうしたの?」

「グ、グルル・・・」

「お腹? お腹が痛いの?」

「グル」

「いつから?」

「グ、グルル。グルルルル・・・」

「・・・なるほど、そうなの。よく我慢していたわね」

「おい、まさか貴様は飛竜と会話ができるのか?」


 女竜騎士を始め、周囲の竜騎士も驚いた顔をする。飛竜と会話ができるのは、ローマンズランド建国の王、ドラグーン一世だけと史実にある。彼の直系の子孫でさえそのようなことはできないから、伝説にすぎないのだろうとローマンズランドの竜騎士達は皆思っていた。もちろん彼らは仕草などで自分の乗る飛竜の意志などを感じることはできるが、完璧ではない。ましてや会話など、とても信じがたいことだった。

 そうするうちにもアルフィリースはドーチェのお腹に耳を当て、中の音を聞いている。


「これは良くないわね・・・さっきの竜騎士さん、宿に戻ってユーティとラーナという子をを連れてきて」

「は? しかし・・・」

「さっさとする!」


 アルフィリースの強い声に、竜騎士が隊長の女竜騎士に目で許可を求めるが、彼女は小さく頷いて竜騎士を促した。そして女竜騎士はアルフィリースに尋ねる。


「おい、ドーチェはどうなんだ?」

「よくないわ。このままだと日が昇るまでもたない」

「なんだと? ふざけるな!」


 女竜騎士が凄まじい剣幕でアルフィリースの胸倉をつかみ上げる。体格もほぼ同じくらいの2人であり、アルフィリースも彼女の腕力に思わず苦しい表情になる。


「・・・っ、別にふざけてないわよ。自分でこの子がそう言っているのよ」

「なんだと!? 私にはそんな兆候は微塵も感じられなかった。今日も何の滞りもなく空を飛んで・・・」

「そうね、この子の凄いところはそこだわ。凄まじく我慢強いのよ。私にとって貴女は嫌な人だけど、このドーチェって子にとっては、貴方は素晴らしい乗り手で親友のようね。貴方に心配をかけまいと、必死だったのよ」

「何?」

「幼馴染なんでしょ?」


 アルフィリースがズバリ言い当てたので、女竜騎士は思わずアルフィリースから手を離してまじまじと彼女を見る。アルフィリースが女竜騎士の事情を知るはずもないのだから。


「本当に飛竜と会話ができるというのか?」

「だから嘘じゃないって言ったのに。なんならもっと証拠を見せましょうか?」


 アルフィリースが道端に整然と並んでいる飛竜の一頭に近づいて行く。そして何事か会話をすると、竜騎士の一人を指さした。


「この子の乗り手は貴方ね?」

「え、どうして・・・」

「貴方、痔でしょう? 最近乗る時に苦しそうだってこの子が心配しているわ。毎日熱心に訓練するのはいいけど、時には休んでしっかり治せって言ってるわよ」

「なっ」

「それからそこのあなた!」


 アルフィリースがさらに別の竜を撫でながら、また別の竜騎士を指さす。


「この子の乗り手は貴方ね? この子が文句を言っているわ。竜小屋に女を連れ込むのはやめろってね。お前の相棒はだらしないと、他の竜の手前肩身が狭くてしょうがないとこの子が言っているわ。いつも他の竜に文句を言われる身にもなってみろって」

「は!?」

「お前、そんなことをしていてたのか。どうりで朝になると飼い葉が乱れていることがあると思っていたが・・・」


 思わず隣にいた竜騎士が呆れた。指摘された竜騎士は弁解しようとうろたえているが、女竜騎士がぴしゃりと質問した。


「2人とも、事実か?」

「は、いえ、その・・・」

「はっきり答えよ!」

「「は、相違ございません!」」


 2人とも事実だと認める。その言葉を聞いて女竜騎士は考え込んだが、アルフィリースは呆れかえっているようだ。


「足りないなら全員分乗り手を指摘して、この子達の愚痴を聞かせましょうか?」

「いや、それには及ばん。貴様を信頼しよう」


 女竜騎士がアルフィリースの事を認めたちょうどその時、先ほどの竜騎士がラーナとユーティを連れて戻ってくる。妖精であるユーティを見て一同が驚くが、アルフィリースはそんなことにかかずらっている暇はなかった。


「アルフィ、どうしたの?」

「ユーティ、このドーチェって子を診てあげて欲しいの。お腹の調子が悪いみたい」

「・・・なるほど、これは良くないわね。ちょっと待って」


 ユーティがすかさずドーチェのお腹の上に飛び乗り、魔術で体液の循環を調べ始める。それを心配そうに見つめるアルフィリースと女竜騎士。やがてぼうっと光っていたユーティの体の光が消えた。


「どう?」

「お腹の中に変な虫がいるわ。大きな生き物は大抵体の中に掃除用の虫を飼っていたりするものだけど、これはそういう類いの虫じゃないわね。寄生虫って奴かしら」

「寄生虫?」

「ええ、宿主の体から養分なんかを吸い取って生きる生物の事よ。宿主には大迷惑」

「どうすればいい?」


 女竜騎士が心配そうにユーティに尋ねる。


「本来なら虫下しなんかを飲ませるけど、寄生虫が大きすぎるわ。それに今からじゃ間に合わない。もって朝までよ」

「ならどうする?」

「腹を開いて取り出すのみよ」


 ユーティが凄い事を言ったが、その顔は真剣そのものだった。女竜騎士が思わず唾を飲み込む音が聞こえる。


「腹を・・・裂くだと?」

「そういうこと。今ならまだ間に合うかもしれないわ」

「どうするかは貴方の判断に任せるけど、やるなら早い方がいい。私達がやるわ」

「ううう」


 女竜騎士は下を向いて唸り声を上げている。それはそうだろう、犯罪者としてとらえようとした相手に、自分の親友を託すのだから。だが他に選択肢はなかった。


「わかった、やってくれ」

「引き受けましょう。ただしこちらも条件があるわ」

「なんだ?」

「上手くいったら私達を見逃してもらうわよ?」

「何だと!?」


 女竜騎士がかっと目を見開く。


「無理だと言ったら?」

「朝までにこの子は死ぬわ。そして私達は貴方達を叩きのめしてこの町を去る。それはお互いにとって、良くない結末だと思わない?」

「私達を叩きのめす? そんなことができると・・・」

「できるわ」


 アルフィリースが女竜騎士の言葉を遮るように言い放ち、その体からはざわりと殺気が立ち上る。それはアルフィリースが本気だということを示していた。

 今までの雰囲気とは打って変わったアルフィリースの威圧感に、女竜騎士が一歩後ずさる。彼女は今までの人生でこれほどの殺気を放つ戦士に出会ったことは数えるほどしかない。たとえば、自分に軍人としてのいろはを叩きこんだ上官などか。


「その殺気・・・何者だ、貴様」

「そんなことはどうでもいいわ。どうするの?」


 女竜騎士の瞳には明らかに困惑の色があった。ドーチェの命は私事。軍人としては自分の竜の命を犠牲にしてでも、任務を優先すべきだろう。たとえ、結果としてアルフィリース達を捕まえることができなかったとしても。

 だがこの女竜騎士に、親友を見過ごす選択はありえなかった。普段はどうあれ、彼女は芯の部分では情が深い人間なのである。そんな折、先ほどアルフィリースを連れてきた竜騎士が彼女の肩に手を置いた。


「隊長、大丈夫です。ドーチェの命を優先しましょう」

「しかし・・・」

「我々は報告を受けて追撃しましたが、出会った連中は人違いだった。それでいいじゃありませんか。ドーチェの命に比べれば些事です」

「くっ」


 女竜騎士が、それでいいのかという目を他の竜騎士に向ける。その仕草に竜騎士達全員が頷く。隊の結束は固く、この女竜騎士も信頼されているようだった。


「・・・ドーチェの命には代えられん。その条件を飲もう。ただし、他言無用だぞ?」

「二言はないわね?」

「騎士の言葉だ。信じて欲しい」


 アルフィリースと女竜騎士の視線が交錯する。アルフィリースは彼女の言葉に嘘が無い事を確認すると、早速治療に取り掛かった。



続く


次回投稿は、5/1(日)18:00です。

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