戦争と平和、その514~廃棄遺跡㉝~
「空気を腐らせたわ。正確には微生物の繁殖速度を加速させた――と言って伝わるかしらね? 周囲一帯の空気は毒よ。いつまで耐えられるかしら?」
「ほう?」
得意顔で笑ったチャスカめがけて、浄儀白楽が手を伸ばす。チャスカは時を止めて躱すが、逃げた先にさらに浄儀白楽の手が伸びていた。まだ距離はあるが、さきほどよりも間合いが詰まったような気がするチャスカ。その表情が俄に曇る。
「・・・何をしたの?」
「わからないか? わからないのなら、貴様は戦いの素人だ。自分より強い者と命を賭けて戦ったことがないのだろう? それに時を止めるほどの能力というのなら、代償も大きかろう。どのくらい連続で使える? 50か、100か? 際限なく使えるというわけではなさそうだな」
「ふん、脅すつもりかしら?」
「純然たる事実を述べているまでだ。この調子なら、300数える間には捕まえられるだろうな。大人しく捕まった方がよいかもしれんぞ? 今なら俺の腰の上で可愛がってやろう。手間をかけさせれば、それだけ手荒な扱いになる」
「この・・・下郎!」
チャスカと浄儀白楽の間の空気が一斉に黒く汚染されたが、浄儀白楽はものともせずに突っ込む。一見単純にも見える鬼ごっこのようだが、その間に高度な駆け引きがなされていることは、当の本人たちにしかわからない。
浄儀白楽は突撃する速度を強めたり弱めたりしながら、チャスカの時を止める間合いを測っていた。どのくらい連続で止められるのか、持続時間はどのくらいか、あるいは時を止める範囲はいかほどなのか。
その少しずつを浄儀白楽は情報収集しながら、必殺の間合いを推測する。
「(距離があれば、対象物の時を進めたり止めたりすることはできないようだな。もしそんなことができるのなら、俺自身が既に腐って風化させられているだろう。対象の時を進めるにしろ戻すにしろ、おそらくは直接触れる必要があるはず。
時を止めるのも、それほどの効果範囲はないようだ。せいぜい30から50歩程度――予め放り投げておいた石だが、時を止めても落下しているものがあった。だが捕まえるにはもっと正確な距離が必要だ。捕まえて一撃で昏倒させねば、こちらが危うい。
動きは素人に毛が生えた程度のくせに、中々緊張感がある。くく、こういうのも悪くない)」
浄儀白楽は正確に、ただ緻密にチャスカを追い詰める。一方、倒されたブラディマリアもそのままでいるはずがない。
「小娘ぇ、図に乗るな!」
「別に図に乗っていない、ただ当然私の方が強い・・・?」
その時ヴァイカの目に、もう一人銀髪の少女が止まる。それが里の戦士たちには見慣れぬ顔だと気付いた時、思わずヴァイカの動きが一瞬止まった。
「ルナティカ・・・? そうか、あれが私の妹」
「?」
ヴァイカの視線に気づいて思わず身を固くするルナティカ。ヴァイカの視線の意味などわかるはずもなく、ブラディマリアと互角に戦いうる強い戦士に睨まれたと勘違いしただけである。
そしてその隙を、ブラディマリアが見逃すはずがない。
「どこを見ている!?」
「! しまっ――」
戦いにおいて、戦姫ヴァイカが気を逸らすことなど、今まで一度もなかった。長く眠るソールカの代行として、最強の戦姫として戦ってきたヴァイカである。戦い以外の余計なことなど、考えたこともなかった。
だが今まで会ったこともなく、存在も知らなかった血の分けた妹がアルネリアにいるかもしれないという情報が、ヴァイカに戦姫以外の感情を呼び起こす。期待と楽しみ――その感情がヴァイカの戦姫としてのありようを、ほんのわずかに揺らした。
ブラディマリアはまだ全力を出していない。魔術を使用すると、浄儀白楽を巻き込むかもしれないと考え、ウッコを仕留める時以外は使わないつもりでいた。だが目の前の戦姫ヴァイカの強さに触れ、このままでは負けるかもしれないという可能性が、瞬間彼女の理性を吹き飛ばした。
続く
次回投稿は、4/26(日)11:00です。