戦争と平和、その511~廃棄遺跡㉚~
「姉さま、待ってください。確かに里の長老たちは憎いですが、それを皆殺しにするとは穏やかではない。そんなことをすれば、里の全戦力と正面衝突になる。いかにあなたが強くても、そんなことは不可能だ」
「―――だからここに来た。あの魔獣――ウッコを使えば、里なんて簡単に壊滅できる。伝説の初代戦士団を殺し尽くした伝説の魔獣なら。私の力を使えば、全盛期のウッコに戻せる」
「じょーだん! 里にはヴァイカだっているし、そのウッコとやらを止めたソールカ姫様がいるんだよ!? そんなことに巻き込まれるくらいなら、私は降りる! いくらチャスカ姉さまの言うことでも聞けないよ!」
「ソールカ姫様が起きる前に片をつける。ソールカ姫様がどれだけ強くても、今は真竜も魔人の協力も得られない。起き抜けの姫様なら、無理に決まってる。それにヴァイカなんてもののうちに入らない。私がその気なら、ヴァイカだって――」
「なら、試してみるか?」
背後から声が聞こえ、その声の主が誰かを確かめる前に強烈な一撃が地面を直撃した。必殺の間合いかと思われたが、チャスカめがけて振り下ろされたヴァイカの大刀の一撃は空を斬り、隣にいたヴァトルカとジェミャカも気付かぬうちにチャスカは後方にいたのだ。
「ヴァイカ姉さま!」
「え? あ? 何が?」
ヴァイカの突然の出現と、チャスカがどうやってヴァイカの一撃を回避したのか理解できず混乱する二人。
ヴァイカもまた自分の攻撃が一瞬空を切ったことが理解できなかったのか間があったが、大刀を再び背負った。
それを見てチャスカがにたりと笑う。
「殺すなら今だったのに。声なんてかけるからそうなる」
「声をかけないと、お前が二人を盾にするか巻き込む可能性があった。お前の出方を知るためにこうしただけ。別に今からでも問題なくやれる」
「無理。一端認識した相手から不覚を取ることはありえない」
「不意打ちは必要ない。実力で押し切るのみ」
「できる? 私の舞は特殊。いまだかつて誰にも破られたことがない」
「時間制御のことか」
ヴァイカがチャスカの能力を明らかにする。ヴァトルカとジェミャカももちろんチャスカの能力について聞いたことがある。
いわく、気に食わないものは全て時間を進められ塵にされる。逆に気に入られたものは時を止められ、永久に愛でられる。過剰な能力ゆえの代償なのか、訓練のせいなのか、性格の破綻したチャスカの気分次第でそれらは行われると。
「(チャスカ姉さまに殺された者は姿や痕跡すら残らない――全て塵に還ってしまうから。ここに来るまで、いったいどれほどの人間が塵にされたろうか)」
「(ティタニアの背後を取ったり、封印の時間を進めたのもお手の物。時間を止められれば接近されることに気付ける者なんて誰もいないもんね。でも、この部屋だけは開けられなかった。随分と頑丈な造りで時を巻き戻しても進めてもびくともしなかったらしいし。遺跡の中心部って何でできているのかしら?
だから、ティタニアを利用した。自分には開けられなくても、遺物を複数もつティタニアなら何とかできると考えたのか。結局ティタニアでも開けられなくって、あのレイヤーとかいう少年が開けちゃったけどさ。
ってかさ、時間を自由に制御できるとか無敵じゃん? どれだけヴァイカ姉さまが強くっても、どうやって戦うのさ)」
ジェミャカの心配をよそに、ヴァイカが不用心にずんずんと接近した。ソールカ不在の間、実質銀の一族の戦士の頂点にいたヴァイカである。チャスカも不用心な行動に目を丸くしたが、最初の交錯で仰け反ったのはチャスカである。その結果にジェミャカもヴァトルカも、当のチャスカですら驚きに固まった。
「なっ、なんでチャスカ姉さまが後退するの?」
「私に聞かないでください」
ダメージはさほどない。だが理解が追いつかないのはチャスカも同じなのか、もう一度迎え撃つ。だが今度はチャスカの姿が消えたと思われたが、ヴァイカの背後で弾き飛ばされたチャスカがいた。時を止めて背後に回り込もうとしたのだろうが、それすらヴァイカはものともしないようだ。
表情一つ変えずに、ヴァイカが仰向けに倒れたチャスカを見据えた。
続く
次回投稿は、4/20(月)12:00です。