戦争と平和、その506~廃棄遺跡㉕~
扉が重い音を響かせながら開くと、中からまるで蒸気のように魔力が漏れ出る。まるで酸の湯につかるような感覚をティタニアは覚えたが、レイヤーが意図せず中に入っていけるのは彼が魔術を使えないからだろう。少しでも魔術を使うことができれば、その膨大な魔力に気圧されていたはずだ。
レイヤーは中に入ると、素早く状況を把握した。部屋はドーム状になっており、反対側に同じような扉がある。そして部屋のやや左側、壁の方にもたれてうずくまるように巨大な生物が横たわっているのが見えた。
「(見た目はグリフォンみたいだけど――サイズは数倍あるね。頭だけで人間よりも大きいし、毛並みが赤と金色だ。一つの頭に、脚が8本、目は4つ、翼は6枚、尻尾が三本。いや、尻尾に見えるのは口かな――まだ寝ているようだけど)」
レイヤーは足音と気配を消しながら、部屋の反対側を足早に移動する。反対側の扉に向けて移動しながら、後に続くルナティカとティタニアに、まだ部屋に入らないように告げた。
そして背負ってきたシェンペェスに語り掛ける。
「(シェンペェス、あの魔獣は何?)」
「(知らぬ。ただ、私も見たことがないほどにはまずい相手ではある。主、ティルフィングは持ってきているな?)」
「(もちろんさ。でも、それでも傷つけられるかな?)」
「(ティルフィングなら歯が立たぬこともなかろう。できれば関わらぬにこしたことはなかろうが)」
「(眠れる獅子は起こすなって?)」
「(試し切りをしたいなら別だが)」
語り掛けるシェンペェスの声が弾んでいるように聞こえた。レイヤーは少しおかしくなって、ふふと笑う。
「(楽しんでないか、シェンペェス?)」
「(楽しんでいる。なぜなら、主が絶好調でるあることを感じているからな。わが身の修理が追いついていないことが、何より残念であるが)」
「(すまないね。ドワーフたちでも修理には時間がかかるらしいから、持ち出してしまったよ。ここにはお前の知識が必要だと思ったから)」
「(英断である。人間だけでは遺跡は手に余ろう)」
「(レーヴァンティンはこの部屋の奥に?)」
「(感じる。力ある剣の中でも、最上位の存在だ。私も存在を知っていたが、これほどとは――しかし、それにしても妙だな)」
「(妙とは?)」
レイヤーが扉の前についた。扉に再度触れると、光の枠に同じように文字が浮かび上がる。レイヤーは再度文字が流れるのを目で追ったが、先ほどと変わらない文字に見えた。
文字が止まったところで、再度「はい」と答えると扉が同じように開き始めた。先ほどよりもゆっくりと、重厚感のある開き方である。
その時間を活かして、レイヤーの質問にシェンペェスが答える。
「(力ある剣とは、意志の強さである。人と同じか、それ以上にの知性を備える剣や武器は多くある。また、永らく存在することで幻身して自由な活動を可能にする武器も。
私はまだそこまで至らぬが、これほど力ある剣のくせに、感じる意志が希薄なのだ)」
「(力に対して、不釣り合いってこと?)」
「(そうだ)」
「(眠っているとかじゃなくて?)」
「(魔剣に睡眠などない)」
「(じゃあなんで?)」
「(それがわからぬから、興味があるのだ)」
「レイヤー!」
レイヤーはシェンペェスとの問答に少しだけ没頭していた。だからといって油断していたわけではないはずだが、突然ルナティカが叫んだことに対し、反射的に壁に飛び退いて元いた位置を確認する。
レイヤーの背後だった場所には、魔獣の尾が伸びてきていた。口だと思っていたが、口の中に目があった。この魔獣は完全に寝ているのではない。一部は起きて、常に周囲を警戒していたのだ。
魔獣の尾の中にある目と視線が交錯するレイヤー。目は二度瞬きすると、まるでそれが本体とでもいうように首を傾げた。そして何をするでもなく、ただレイヤーのことを見つめる瞳。
だがレイヤーの背筋がぞくりとすると、左右から別の尾が口を開いて襲い掛かってきた。その速度に驚き、飛んで離れるレイヤー。驚くレイヤーを見ると、瞳はまるで小馬鹿にするかのように目を細めて小さく揺れた。
「こいつっ!」
「レイヤー!」
駆け寄るルナティカに瞳が気付くと、瞳がきらりと光る。その変化に、今度はレイヤーがいち早く反応した。
続く
次回投稿は、4/10(金)13:00です。