竜騎士三人、その4~金の竜騎士~
「レクサス、お前いやに親切だな?」
「あれ、ばれました?」
「一応、3年近い付き合いだからな。何か企んでいるのか?」
「いえ、何も。今回だけは何も企んでないですね。純粋な好意ってやつで」
レクサスがにかっと笑う。
「あのお嬢ちゃん、短期間でいい顔するようになってたんで、嬉しくてつい、ね。あのくらいの傭兵は沢山いるでしょうが、成長速度がすごい。もしかしたらすごい傭兵になるのかなと思ったりして」
「ほう、お前もそう思うか」
「て、ことは姐さんも」
だがルイは答えず、ニヤリとしただけだった。
「となると、敵にしろ味方にしろ、大物の方がいいですよ。味方なら頼もしいし、敵なら戦い甲斐がある」
「そうだな。不本意だが、その点だけはお前と同意見だよ。私もいつか彼女と全力で剣を交えてみたい」
「そるなると、どっちかが死ぬでしょうねぇ。美人にゃ生きてて欲しいんだけどな」
「また軽口を」
「本音ですよ。美人が死ぬのは世界の損失」
レクサスが自分のグラスに酒を注いでいる。そしてアルフィリースがちょうど帰ってきたおり、眠っていたと思われたリサががたんと席を立った。同時にアマリナも耳を澄ましている。
「竜の鳴き声のようですね」
「それだけではないな。風切り音も微かに聞こえる」
「こんな夜更けにマジですか? 竜を夜間に飛ばすとか、緊急時以外はやらないと思うんですが・・・ああ、たしかに殺気めいたものを感じますね」
レクサスも気配には敏感である。地上のことなら時にリサ以上に敏感なのだが、空中となるとアマリナにやや分がある。
「竜騎士が乗る飛竜だろうね、しかも数が多い。30騎はいそうだ」
突然グウェンドルフが発言したので、全員驚いた。アルフィリース達には想像できたが、ルイ達にはなぜ目の前の優男の様なグウェンドルフがそのような事がわかるのか理解できず、訝しんでいる。
リサも集中力を上げ、感知していた
「なるほど、グウェンの言う通りですね。総勢34騎」
「こんなところに竜騎士が?」
「ローマンズランドだろう」
アマリナがさも当然と言わんばかりに答える。
「だってここはブリュガル領でしょ? 国境侵犯にならないの?」
「ローマンズランドには関係ないよ。横暴な国だから、属国相手に敬意などいちいち払わんさ。なにせローマンズランドの下級外交官が、属国の政治に口出しして私服を肥やすくらいだからな」
「いけ好かないわね」
「同感だ。だが問題はそこじゃない。なぜこんなところに、しかも夜中に、ということだ。数も中途半端だ。中隊から大隊の間くらいの数で、何をしているのやら」
ミランダが現実的に指摘をする。その言葉にまたしてもアマリナが口を開いた。
「そういえば私は偵察のために竜を飛ばしたんだが、この先のブリュガル領の出口に検問があったな」
「検問?」
「先ほどお前達が説明したろう? フェブランで一悶着やらかしたのなら、検問が張られてもおかしくない」
「に、しても早過ぎない?」
ミランダの計算ではもう少し後の予定だったのだ。だからこの町に2日も滞在したというのに。上層部に報告が行ってから検問が張られるまでが早過ぎる。
「定期的に視察に来ていた連中にでも報告が行ったんだろう。運が悪いな」
「ど、どうしよう・・・やっぱり人相でばれちゃうよね?」
「というより、ほぼ女だけでこの人数で旅してれば、嫌でも目立つもんねぇ」
ミランダの言葉は尤もな事である。実際街道を移動していても通行人にかなりアルフィリース達は注目されていた。女ばかりで旅をする一行も珍しいし、何より美人揃い。馬も大きいし、グウェンドルフも見た目はかなり美しい男だ。これで注目を集めない方が考えにくい。
そして問題は追跡者がローマンズランドということだ。世界最大の軍事大国であるローマンズランドは、極めてアルネリア教の影響が薄い。アルネリア教の援助を必要とせず、国が運営できるほどの強国を自負していた。ミランダが自分の身分を明かした所で、いらぬ争いの火種が増えるだけなのは予想に易い。
今から逃げても竜の足からは逃れれらないし、正直に話したところで苦しい言い訳にしか聞こえないだろう。そして軍人であるならば、いかに言い訳をした所で通じるものでもかいかもしれない。そうするうちにも飛竜の泣き声が聞こえ、次々と飛竜が町に舞い降りてくるのがわかった。もはや宿の外では甲冑の擦れ合う音が聞こえている。その音を聞いて、アマリナが席を立つ。
「アマリナさん、どこへ?」
「ルイは事情を知っているでしょう? 私は二階へ行くわ。ルイとて引き揚げた方がいいのでは?」
「ワタシは気にしない。まだここで顛末を見届ける」
「そう。ではまた明日朝に」
「ああ」
それだけ言うとアマリナは足早に二階に上がってしまった。ルイとレクサスは何事もないかのように、出されたご飯を食べながら、酒をちびちびとやっている。
そうこうするうちにも、リサが竜騎士達はこの町に降りた事を告げる。そして一直線にこちらに向かっているとも。この町ではここが一番大きい宿なので、まずはここから調べるということだろう。
「どうする?」
「アタシ達は悪いことは何もしていない。でも、もし手間取るようなら、アルネリア教会の名は伏せたまま強行突破しよう」
「いいの? 後で色々とまずいんじゃ」
「捕まった方が色々面倒さ。まあ、指揮官が話のわかる相手であることを祈るのみだね」
そうこう言う間にも、既に足音は宿の外に迫っていた。そして宿の戸を開け、鎧姿の竜騎士とおぼしき者達が入って来た。
「主人、夜分に失礼する!」
凛とした声が宿の酒場に響き、入ってきた騎士は、アルフィリース達の予想を裏切る美しい女性だった。ミランダよりもさらに濃い、見事なブルネットの髪。自然に髪が波打つに任せた肩口より少し長いくらいのその髪が、まるで後光のように光を受けて輝く。夜のロウソクの明りですらそうなのだから、日の光の下で見たらさぞかし眩いことだろう。
そして騎士らしく、引き締まった口元、きつめの金の眼差し。美女ではあるが、威厳もまた十分に備えていた。先頭にいる彼女のみ鎧はつけていないが、黒を基調とした上着に、袖や襟の縁取りは金。ブラックホークの服装にも多少似ている。マントは深紅で、背中には大きく三頭の竜の頭を象った紋章が入っていた。
「ローマンズランド竜騎士団で間違いないね」
ミランダが思わず呟く。巡礼をする彼女は各国の紋章に詳しい。そしてその女竜騎士は、手に持った槍を後に続く部下に無造作に放り投げ、宿の主人を呼び付けた。
「我々はローマンズランド竜騎士団、第3師団所属の者だ! ここの宿の主人は誰ぞ!?」
「は、はいっ! 私でございます!!」
宿の主人の男が、転がりまわるように出てくる。その蒼白になりつつもひきつった笑みを顔に浮かべる男に対し、女竜騎士は表情を変えるでもなく、事務的に質問した。
「ここに、子どもと吟遊詩人を連れた女の一行が泊っていないか?」
「は、はぁ。その人達が何をしたので?」
「貴様が知る必要はない、黙って私の問いに答えろ!」
その女竜騎士の一喝に、主人がより一層身を縮こまらせる。
「ここにいるのかいないのか!?」
「そ、それでしたら・・・」
主人がおそるおそるアルフィリース達の方を見た。同時に女竜騎士も視線をアルフィリース達の方に向ける。
「なるほど、報告にあった者達と人相が似ているな」
「ちっ、めんどくさい事になりそうだね」
ミランダが舌打ちをしたが、その予想は大的中する。
「よし、捕えろ」
「「「はっ」」」
女竜騎士の命令で、後ろに控えていた竜騎士達が一斉に動き出す。
「ちょっと待ってよ! なんで私達が捕えられなければいけないの?」
「言い訳があれば後でしろ。とりあえず手配の者に似ているというだけで理由は十分だ、捕縛させてもらう」
「そんな無茶な!」
「この領域で我々の目に留まるような行いをする方が悪い。子どもがいないようだが、二階か?」
女竜騎士が冷ややかな目を二階に向ける。そして顎でさらに竜騎士達に命令すると、竜騎士達が何人か二階に上がろうとする。
「ちょっと、子どもに乱暴しないで! まだ幼いのよ?」
「心配するな、傷つけはせん。抵抗さえしなければな」
「そんなっ」
そしてアルフィリースの後ろに回った竜騎士が、彼女の手を縛りつけようとした時、
「待ちなさいと言ってるでしょう!」
アルフィリースが自分の手を掴もうとした竜騎士を投げ飛ばしたのだ。アルフィリースが簡単に竜騎士を投げ飛ばしたこともそうだが、まさか抵抗されると思っていなかったのか、竜騎士達の表情が驚きから険しいものへと変わっていく。だが隊長らしき女竜騎士の命令は絶対なのか、剣に手をかけつつも抜刀はしない。この辺はさすがにただの荒くれ者とは違う。
そして女竜騎士が一層厳しい表情になり、アルフィリースを睨みつける。
「貴様、抵抗するのか?」
「そっちこそちょっと待ちなさいと言っているでしょう? そこまで横暴な扱いを受ける理由はこちらにはないわ!」
「ち、穏便に済ませてやろうというのに。多少痛めつけても構わん、抵抗するようなら遠慮するな!」
その言葉と同時に、竜騎士達が剣を抜く。応じるようにアルフィリース達も剣を抜き、酒場は一触即発の状態になった。
客は逃げ出し、主人はカウンターからこっそり様子を見ている。ルイとレクサスだけは、素知らぬ顔で奥でちびちびと飲んでいた。
「抜剣しといて多少痛めつけるだって?」
「リサには殺る気満々にしか感じられませんが?」
「獣人よりも荒っぽいな。これが北の大国か」
「なるほど、外の世界の連中も蛮族とさほど変わらんな」
めいめいがやむを得ないとばかりに武器を手にし、構える。先頭ではアルフィリースが申し訳なさそうな顔をする。
「皆、ごめんね?」
「いいさ、アルフィがアタシたちのリーダーなんだから、思ったように行動しなよ」
「軽率なのは御免こうむりますが、今回はまあ仕方ないでしょう。目には目を」
「と、なるとイルを連れてこないとな。こいつらをぶちのめしたら、即座に脱走しよう」
「うむ、外の連中は我がやろう」
「できるだけ殺さないようにね?」
アルフィリースの指示に全員が頷くが、女竜騎士にも聞こえたのか、侮辱と取ったようだ。
「舐めるな! やってし・・・」
「隊長!」
女竜騎士が開戦の合図をしようとした瞬間、外からさらに入って来る竜騎士がいた。女竜騎士は合図を邪魔されて、苛立ちを隠そうともせずに荒々しく答える。
「何だ!」
「大変です、隊長の竜が!」
「ドーチェがどうかしたのか!?」
「急に苦しみ出して倒れて・・・」
その事を聞いて、女竜騎士の顔が瞬間的に蒼白になる。そして思わず出て行きかけた足を一度止め、アルフィリース達を見た。
「貴様ら、捕えるのは一端保留にしてやろう。だが、この宿から出るんじゃないぞ!?」
それだけ言い残すとアルフィリースの返事を聞く事もなく、女竜騎士は足早に出て行ったのだった。
続く
次回投稿は、4/30(土)19:00です。