戦争と平和、その503~廃棄遺跡㉒~
慌ててルナティカもあとに続く。
「レイヤー、何?」
「ティタニアが階段を通過した! どうやら最短経路を行く気みたいだ!」
「最短経路?」
「縦穴がこの先にある。もし穴を垂直に落ちたなら、追跡は難しい!」
「! 急ごう!」
レイヤーとルナティカが走り始めた途端、その横に並走する影が現れた。その道化のような恰好の男がまったく気配がないことだけでなく、後ろ走りで二人に並走していることに驚き、二人は反射的に飛びのいていた。
だが道化はそのまま走り去っていく。
「おや? 剣帝まで競争ではないのですかな? いらっしゃらないのなら、私が先にいただいてしまいますぞ~」
「ルナ、知り合い?」
「冗談。アルマスにも奇人はたくさんいるけど、あんな変人はいない。でも」
「うん、やばいくらい強かった。絶対に敵対しちゃいけないね」
冷水を浴びせられたように意気消沈した二人だが、逆に冷静に追跡を再開した。先ほどの道化はもはや足取りを隠しておらず、その後を間隔をあけて付いて行く。
そしてティタニアの足が止まるのをレイヤーが感じると、同時に道化師もレイヤーたちも止まった。と、同時に道化が一瞬でレイヤーの眼前まで戻ってきた。その脚力、瞬発力に目を見張るレイヤーとルナティカ。
息を呑む二人の前で、先ほどとは少し違って冷静な道化師が声をかけてきた。
「ちょっとよろしいですか?」
「うわっ!」
「・・・何?」
驚く二人を気にかけることなく、道化師はティタニアのいる方向を見て話し続けた。
「この遺跡、停止しているのでは? それにしてはかの剣帝の行く先では、遺物どもが動いている気配がある」
「知らないよ。僕達の役目は剣帝の追跡さ。ここがどこかなんて知り様もない」
「ふむ、そちらのお嬢さんも同じ?」
「そう」
「左様ですか、二人は遺跡初心者と・・・ふむ、それにしては」
道化師がレイヤーの近くによると、じろじろと観察し、その匂いを嗅いだ。見た目は邪悪な道化だが、まるで猛獣にすり寄られるような感覚に、身を固くするレイヤー。
だが道化師に敵意はないようだ。むしろもの珍しそうにレイヤーを観察している。
「あなた・・・ほほぅ、私も初めて見ますな」
「何? 何が言いたいのさ」
「あなた、本当にこの遺跡に心当たりがない? 剣帝の行く先にあるものに関しても?」
「ないよ」
「興味もない?」
「――今は仕事が優先だ」
「なるほど、直感では惹かれているのですね。そうであれば」
突然道化師はレイヤーとルナティカの二人の首根っこを掴むと、ひょいと持ち上げて走り始めた。その無造作な行為と、巨大な生物に掴まれるが如き膂力に身動きが取れなくなる二人。
「何をする!?」
「放せ!」
「いやいや、まるでお二人とも気付いておられない様子なので。私、これでも遺跡にはそれなりに人間の中では知識がある方だと思っておりまして。地上の生物ではつまらぬので、遺跡に出没する強力な魔獣――いや、あれは魔獣や魔物ではないのかもしれませんがね――と、常日頃からじゃれあってきたのですよ。
その直感が告げています。あなたがた、この先の遺跡を体感しておく方がよい。そう、絶対に」
「何のために?」
「あなたがこれから先成すべきこと、守るべき者のために」
「!?」
道化師が気配を隠してもいないせいか、ティタニアが縦穴の中に身を躍らせたことにレイヤーが気付いた。そして道化師に縦穴に到着すると、二人をぽいとその中に放り投げたのだ。
うっすらと壁が乳白色に光ってはいるが、原則真の闇である。底がどのくらい深いのかも想像がつかない。その中に、何の脈絡もなく二人は放り出された。
「うわぁ!」
「くっ――!」
「大丈夫ですよ、あなたがたなら。私の経験と直感が告げています。こんなところでは死にはしません。遺跡は資格ある者には優しいのだから。ま、優しかろうが厳しかろうが、だいたい死にますがね」
道化師――ハンスヴルは二人が落下するのを見届けて、そうつぶやいた。そしてくるりと背を向けたのだ。
「まぁなんでこんなことをしたかと言われれば、その方がより舞台が盛り上がりそうだから、としか言えませんなぁ。
では私はそれ以外の役者をもてなすといたしましょう。まだまだ味見をしてみたい役者はたくさんいるものでしてな。では若人よ、無事ならばあとで戯れましょうぞ」
そうしてハンスヴルは慇懃に礼をすると、小躍りしながら駆けて行ったのだった。
続く
次回投稿は、4/3(金)12:00です。