戦争と平和、その499~イーディオド陣営、深夜③~
「黒の魔術士への協力は、大老の決定事項だった。どのような経緯でそういった結論になったかは知らない。だが私は大老に恩のある身でな。大老が決定し、私が実行に移す。そうやって今までもアルマスは動いてきた。
このやり方で間違えたことはないし、疑問を持ったこともない。だが――現在の状況が大老の望む状況なのだとしたら、私と大老の意見は食い違っていることは認めよう」
「人が死に過ぎるから?」
「ああ、そうだ。私たちは武器商人だ。武器が売れる戦争は歓迎だし、混沌も望むところだ。人が生死をわける場面程に輝くのも好きだ。だが今度起きる戦争は規模が大きすぎる。下手をすれば人間の存亡そのものに関わる。そこまでの戦争を私は望んではいない」
「程よく、常に争う――それが、あなたの望む秩序なのね?」
「その通りだ。大衆に受け入れられないことは百も承知だが、どうやっても戦争はなくならぬ。ならばいっそまやかしの平和な世界や秩序など、壊れてしまえと思っている。そうして常に争うことことそが、生物のあるべき姿なのだとな。その中でこそ人間は輝く」
「わぁ、歪んでる」
バネッサが隣で呆れていたが、ウィスパーは構わない。
「だがそのおかげで貴様にも仕事がある。そうだろう?」
「それは認めますけどね。私は引退したら平穏に過ごしたいわ」
「それだけの場所と時間は提供するつもりだ。千人の平和は無理でも、一人の平和くらいは可能だろうよ。だがミューゼ殿下、そなたはどうだ? そなたは為政者でありながら、平穏を望んでいるように見えないぞ? むしろ私と同じ――いや、破滅願望すら抱いているように見える。
私が金銭的には困窮していないにも関わらず直接依頼を受ける理由は、ただ雇い主の生き様が気に入るかどうかだけだ。貴殿が並一片の為政者であるなら、そもそも依頼自体を受けずに殺すか操り人形にしている。私が興味を抱くだけの闇と光を同時に持っていると直感したからこそ、貴殿の依頼を受けた。
言ってくれ、そなたの本当の望みを。それ次第ではここで我々は手を引くぞ?」
ウィスパーの言葉に、ミューゼは少し俯き、そして顔を上げた。その時の険しく暗い表情と、闇色に揺らめいた青い瞳に、バネッサとウィスパーですら少し気圧された。
と、ミューゼは部屋の片隅にあった浴槽に、鉱石をぽいと放り投げ、水を魔術で作り出すと、用意しておいた薬品を入れた。その出来を見ながら、二人を促す。
「時間がないのだったわね? 後始末をしながら話すわ」
「う、うむ。どうするのだ?」
「そこいらの残骸を放り投げて頂戴。それで全て溶けるわ。血の付いた布などは燃やしてしまいましょう」
「骨も溶けるのか?」
「ええ、試し済みよ」
ミューゼの言う通りにすると、確かに人間らしかったものは全て溶けて消えた。そしてミューゼが描いた魔法陣の上で布などを燃やすと、煙などもほとんど出る暇がなく、跡形もなく証拠は隠滅されたのだ。
その手際に驚くウィスパーとバネッサ。
「王女・・・このやり方を我々に教える気はないか? 報酬に百万――や、二百万ペンド出してもいい」
「魔術の補助がなければ難しいわ。それも、かなりの精度が必要だから再現は難しいでしょうね。それに金銭の問題じゃないのよ」
「あなたの発想?」
「いいえ、私の師――アルドリュースのものよ。彼の考えた魔術、施策。そのどれもが十年以上経過しても色褪せることなくイーディオドを栄えさせ、そして私を苦しめ縛り付けるわ。
私は人間としては非常に凡庸よ。所作も考えも魔術も――全てアルドリュースの受け売り。自分で考えた者が何一つとしてあるのかどうか怪しいわ。だって、身なりの整え方、着る物すらアルドリュースの手ほどきを受けたのですもの。
唯一自分で考えた惚れた男への告白は、物の見事に失敗したのだし」
くすりと笑うミューゼに、返事を返せない二人。殺気とはまた別の――暗く、冷たい感情を感じたのは、別に彼らが暗殺者だからではあるまい。
ミューゼは手際よく引き払う始末を続けながら語る。記憶を辿る魔術すら無効化するように、自分が触った場所にも丁寧に何かの液体をかけている。
「レイファン小女王には才気で適わず、ドライアン王には統率力で適わず。アルフィリースは――最初に見た時は使い潰して殺してやろうと思っていた。だって、彼女だって私と同じ師に手ほどきを受けたのですもの。私ならその隙をついて、どうにかできると思っていた。
だけど違ったわ。彼女はアルドリュースに教わるだけではなく、そこから新たな何かを掴み取ることができる人間なの。ただ師に傾倒するだけだった私とは違う――私は戦わずして敗北を悟ったの。ああ、この女性には一生適わないんだって。その時かしらね、少しアルドリュースに対する嫉妬や憎悪、愛情が薄れたのは」
「貴殿、アルフィリースをどうしたい?」
「そうね――今は彼女の行く末を見届けたいかしらね」
ミューゼが指をぱちりと鳴らすと、液体をかけた部分が煙をだし、そしてその場所だけを正確に破壊して白い煙を出していた。それを確認して、ミューゼは自分で頷く。
「これで結構よ。もう記憶を辿る魔術でも追跡できないわ」
「こんなものでいいのか?」
「やり方さえ知っていれば、全ての魔術には対策が立てられるわ。一定の法則があり、それらを理解することで解決方法も見つかる。現実の問題と同じよ」
「そんなものか――いや、やはりそれを理解できるだけでも、貴女も才気に溢れているとは思うがな」
ウィスパーの言葉に、ミューゼは外套とフードを被りながら答えた。
「アルフィリースはおそらく、世界にただひとりの妹弟子だわ。私がつかめなかった可能性を、彼女は実現する可能性がある。私のもう一つの可能性があるなら、彼女が体現してくれるのでしょう。いえ、アルドリュース本人ですら駄目だった可能性を追究できるかもしれない。私はそれを近くで見ていたいだけ――今はそう考えているわ」
「なるほど。もしアルフィリースが何も掴むことができない時は?」
「その時は私があの子の人生の終幕を引くわ。何を引き換えにしても、あの浴槽の中身のようにね」
「それはイーディオドをもか?」
「聞かれるまでもないわね」
その答えにバネッサは複雑な表情をしたが、ウィスパーが素直に拍手を小さくした。
「気に入った、王女。その傲慢さ、醜さ、才能。私の好むところのものだ。金はいらん、ただそなたとアルフィリースの行く末を私も見届けよう」
「それはどうも」
「差し当たっては私から提案だ。アレクサンドリアの内偵を行いたいが、貴殿のもつ伝手と知識を貸していただきたい。国交があるなら、イーディオドの使節団が逗留する領事館のような施設がアレクサンドリア内にあるだろう? そこを貸してほしいのだが」
「内偵をすると?」
「ディオーレが踊らされる程の相手だとしたら、全く別の方法論が必要だろう。手駒を失ったのは痛いが、誰が糸の繰り手なのか調べる必要があるだろうからな。貴殿にとっても損な話ではないはずだ」
「すぐに手配しましょう。他には?」
「賢人会の情報が欲しい。こちらでも調べているが、実態が掴めない。シェーンセレノにも必ず一泡吹かせてやらんとな」
「私の知っていることでよければ。ただ、まだシェーンセレノを殺すのは待ちなさい。もう少し証拠と出方を見てからよ」
「無論だ。シェーンセレノの傍にはこちらの二番手を殺すほどの凄まじい腕利きがいる。それを調べてからだ」
ウィスパーとミューゼは意気投合したのか、小さく打ち合わせをしながら引き上げていく。バネッサはその二人を見ながら、まだ引退まで当分退屈しなさそうだなと思い、引き上げるのだった。
続く
次回投稿は、3/25(水)13:00です。連日投稿ですが、少しいつもと違ったことをします。