戦争と平和、その498~イーディオド陣営、深夜②~
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そして襲撃者を片付けたウィスパーとバネッサ。ウィスパーが本体でないせいもあるが、それにしても強い騎士だった。先ほどは不意をついたから成功したが、構えて対峙されるとそう簡単に撃退できるものではない。
何人かを倒した手ごたえはあったものの、倒した相手を回収したうえで相手は撤退していった。バネッサがつけたヒカリゴケがついていないことからも、相手は先ほど襲撃をかけた連中とは別かもしれない――そんなことを考えながら、二人はミューゼの元に引き上げた。
扉をノックし、ウィスパーが報告をする。
「撃退には成功したが、手ごたえに乏しい。殲滅はできなかったので、すぐにでもここを引き払うことをお勧めするが?」
「今出ます、もう用は済みましたから」
ミューゼが外に出ると、その衣服には返り血がついていた。ウィスパーとバネッサが中をちらりと覗くと、中は中々に吐き気を催す光景だった。人間だったはずの三人の姿はどこにもなく、ただ残骸と化した肉と骨がそこに転がっていた。
「ここまでする必要が?」
「私もここまでする予定ではありませんでした――が、彼らはどうも人間ではないかもしれない」
「人間ではない?」
「まず記憶――私も準備がない状態ではそれほど上手にできませんが、彼らには命令以外の記憶が乏しかった。そうですね、訓練とか任務とか、騎士としての記憶はあるのですがそれ以外が――たとえば生まれてこの方どうやって過ごしたとか、誰が好きで誰が嫌いだとか、何が楽しいとか、そういう記憶が全くないのです」
「つまり、サイレンスのような人形だと?」
「そのはずですが」
ウィスパーが半ば確信をもって告げた単語に、ここでもミューゼは口ごもる。
「私も人間の腑分けは数回程度しか経験がありません――いえ、正確には自分で行ったのは初めてですね。現在の解剖学書は正確ではなく、アルドリュース殿の教書の方がよほど詳細だった記憶があります。ですが、その遥か昔の記憶と照らし合わせて、どうも人体の構造がおかしい」
「人体の構造か――具体的には?」
「三人とも、構造が全く一緒なのです。普通は体格によってだけでなく、ある程度臓器の大きさには個人差があり、血管の走行にも差があるものだと教わりました。ですがこの三人は全く一緒――つまり、外側が違うだけで、中身は全く一緒なのです。
まるで、鋳型から作る模倣品のように」
「なるほど、だから三人とも解体したのか。面白い試みと発想だ、魔術と医術の心得がある人間でなければ至らない発想だな。
我々の手ごたえとも一致する。この襲撃者共は、先ほど我々が襲撃した者たちとは別の集団だ。いや、正確には二種類手ごたえがあるかな」
「すると――アレクサンドリアの隠密部隊は、2つある?」
バネッサの驚きにミューゼがさらに返す。
「いえ――ディオーレが個人的に運用するものを合わせると、3つ以上あるのかもしれない。その隠密部隊のことをちゃんと把握している者がアレクサンドリアにいるのか、それが問題だわ」
「ふむ、厄介だな。実のところ、私の息のかかった者も潜入できていない。先ほど手を『作って』潜入させようとしたが、一瞬で始末された。疑わしきは仲間でも処分する、随分と苛烈な連中だ。
今回の連中も、ディオーレでもなくレイドリンド家でもないとしたら、いったいどこから召集されたのか。影も形もないところから出現するわけではあるまいに」
「しかもこれほどの腕利きとなれば、必ず養成所のようなところがあるはず。それを突き止めることが先決になるわね」
「のっぺらぼうか三番が生きていればな。アレクサンドリアに潜入させることもできたのだが」
「ディオーレの手腕に期待するしかないのかしら」
ミューゼの言葉に、ウィスパーの分身がため息をついた。
「かの英雄はまた国内に縛られるのか。毎回のこととはいえ、こうなるとやはり意図的なのだろうな」
「これも黒の魔術士の計画かしらね」
「おそらくはな。やはり奴らはなんとしても排除すべきだな。戦争が起こることは武器商人としては歓迎だが、奴らはやりすぎだ。魔王の一件を聞いた時には面白いと思ったが、私たちの求める秩序とは違うものだ」
「一つ聞きたいわ、ウィスパー。アルマスは黒の魔術士に武器の提供などをしていたはずだけど、これはあなたも含めた全体の総意なの? それとも、あなたの上司たる『大老』の独断なの?」
ミューゼの問いかけにウィスパーは少し目を伏せ、やがてゆっくりと答えた。
続く
次回投稿は、3/24(火)13:00です。