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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1960/2685

戦争と平和、その497~イーディオド陣営、深夜①~

***


「捕まえてきたぞ」

「ご苦労様」


 ウィスパーとバネッサがアレクサンドリアのレイドリンド家の隠れ家を襲撃し、三名の騎士を担いで帰投した。彼らを出迎えたのは、雇い主であるミューゼだった。

 ウィスパーに直接依頼を出せる者は限られている。ほとんどの場合アルマスに手順を踏んだ依頼があり、そこからウィスパー本人が選別をし、入念な下調べの上に受けることがほとんどだ。そもそも、ウィスパー本人が出向かずとも大抵は使役する分身で何とかなるし、それでもだめなら上位三名で何とかなってきた。ウィスパー本人が直接依頼を受けるなど、ここ十年では記憶にないことだ。

 そも、ウィスパーの顔を直接知っている者は世の中に現在二人だけだ。アルマスの元締めである『大老』と、バネッサである。そのためウィスパーに直接依頼を出す方法など、無きに等しかった。

 今回拠点とした場所にミューゼ直接出向いたため依頼を受けたが、それでもウィスパーの人相が割れたわけではない。帰投時には既に本体ではなく、分身を使ってウィスパーは帰投した。

 それでも、ウィスパーをウィスパーと知っていて会話を出来る者は、今の国家元首ではミューゼくらいだろうと、ウィスパーはやや物珍しい気持ちで優雅に茶を淹れているミューゼを眺めていた。瀕死に近しい騎士もいるなか、彼らを一瞥するだけで変わりなく茶を楽しむミューゼの本性が窺い知れる気がして、ウィスパーでも少し背筋が寒くなった。

 その二人を前に、ミューゼが笑顔で淹れたての茶を勧めた。


「夜分の仕事を労うためのお茶ですけど、飲みますか?」

「要らんよ。何が入っているかわかったものではない」

「あら? 依頼主の私があなたたちに何か仕掛ける利益があって?」

「遅効性の毒で俺たちを殺す気かもな。この依頼が終われば用済みかもしれない」

「冗談のセンスに欠けますわね、まだその時ではないことを知っているくせに」


 毒殺を否定はしないのか、とバネッサが小さいため息をついた。ウィスパーはミューゼを睨みながら連れてきた騎士たちを無造作に地面に放り投げた。


「魔女よりも魔女らしい貴様に油断はしない。そもそもどうやって我々の拠点を知ったのかも気味が悪い所だしな」

「それは内緒です。女に秘密の一つや二つはあるものよ?」

「少しばかり秘密が多すぎる気もするがね。魔術協会で正規の訓練を積んだわけでもないだろうに、魔術に詳しすぎる。流石はアルドリュースの弟子といったところか」

「ご想像にお任せしますわ」


 ミューゼの微笑みに恐怖を感じたのは自分だけではないだろうと、バネッサはウィスパーの方をちらりと見た。

 ウィスパーは分身でもあるが、無表情のままミューゼに話しかけた。


「で、どうするのだ? レイドリンドの騎士どもはそう簡単に口を割るわけがない。それどころか、目が覚めれば自決しかねん」

「まぁ普通に考えればそうでしょうが、あなたが先ほど言ったではないですか。魔女よりも魔女らしい、と。魔女ならば、それなりの聞き方というものがあるのです」


 そう告げて煮立つ鍋の中に入っていた器具をミューゼが掬って取り出し、清潔な布の上に並べた。そこに並ぶ刃物、器具を見てバネッサが露骨に嫌そうな顔をした。


「貴人が手づから拷問を?」

「人任せにはできないでしょう」

「上手くやれるのか?」

「まぁ、実際にやったことはほとんどありませんが・・・仮に死体となったとしても、それはそれでかなり有益な情報を得られます。

 それよりも、あなたがたのやることは他にあるでしょう?」

「わかっている。けられたのか」

「え!?」


 バネッサが、自分達が尾行されたことに驚いていた。今までアレクサンドリアの諜報部隊は死体すら残さないことで有名だったが、回収班が来たということだろう。

 バネッサが窓からそっと外の様子を窺う。


「3・・・5・・・最低7か」

「屋根の上にも4人、裏手に3人、全部で14人ですわ。指揮官らしき立ち位置に1人追加。それでよろしくて、ウィスパー?」

「ああ、確認した。魔術か?」

「もちろん。あなたは本体がこの近くにいるのでしょう? そちらから確認したのかしら?」


 ミューゼの微笑みながらの指摘にウィスパーが舌打ちをした。


「食えない女だ。雇い主としては優秀だが、嫌いな女だよ、お前」

「私も人間を手足のようにしか思っていないあなたには吐き気がしますわ。それとも、本当に人間ではないから、そうするのかしら?」

「・・・」


 ウィスパーが沈黙した。話すごとに不利になると感じたのか、ウィスパーがくるりと背を向けて部屋の外に向かった。


「迎撃する。そいつらが起きたら自分で対処してくれ」

「大丈夫ですわ、半刻程度で終わりますから。ああ、終わった後の処理までお願いできますか?」

「部屋の中が血まみれにならないようにだけしてくれ。あまり派手にやられると、処理にも時間がかかるからな」

「可能な限り優雅にやりましょう」


 そう頷いたミューゼに一瞥もくれず、ウィスパーとバネッサが部屋の外に出た。外に出るとウィスパーが吐き捨てるようび呟く。


「拷問に優雅も糞もあるものか、猟奇者サディストめ」

「・・・ウィスパー、相手を全員殺しますか?」

「やれる範囲で構わん。だがミューゼのことを気取られるな。我々がつながっていると知られるのは、どちらにとってもまずいだろうからな」

「了解よ。でも、まだ彼女の命令を聞くの?」

「・・・あの女が何を考えているにしろ、目指す方向は今のところ一致している。まだ雇われておいてやるさ。我々だけでも商売は成り立たんからな、必ず有力な協力者が必要だ。

 忘れていないか? 我々は一応商会の立場を取っているのだからな」

「ああ、そうでしたね。随分と好き勝手にやらせてもらっているから忘れていたわ」


 バネッサがくすりと笑うとウィスパーの心情は多少和らいだが、油断ならない相手が迫っていることには違いなかった。

 ウィスパーは気持ちを引き締めると、襲撃者の対応に向かっていった。



続く

次回投稿は、3/22(日)13:00です。

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