竜騎士三人、その3~傭兵としての経験~
「懐かしいな」
「私こそ! 元気に・・・してるみたいね」
変わりない2人だった。レクサスの方はすぐに死ぬかもしれないが。
「ちょっと待ってろ。今こいつにとどめを刺すから、その後でゆっくり飲もう」
「ちょ、ちょ、ちょっとー!?」
レクサスがイヤイヤをしているが、どうやらルイの方が体勢的に有利なのか、徐々に剣がレクサスに近づいて行く。
「いやー! 人生のピンチ!」
「遺言くらいは聞いてやるぞ?」
「何馬鹿な事をやっているの、貴方達」
ふと、酒場の入り口に女性が立っていた。茶色の皮の鎧に身を包み、長い茶色の髪をサイドテールにした騎士風の女性だ。背はエアリアルくらいか。目立つほどの美人ではないが、きりりと引き締まった表情がとても精悍だった。落ち着いた雰囲気から、歳はアルフィリースよりも上だろう。
「アマリナ・・・さん、来たのですか」
「ええ、偵察が済んだからね。それよりもルイ、その『さん』付けを止めなさいといっているでしょう?」
「いえ、これは昔からの癖ですから」
「相変わらずお堅いわね。それに、そろそろレクサスを離してあげたら? 店に迷惑がかかってるわよ」
「む・・・」
ルイが周囲を見渡すと、確かに客は店から逃げ出したか、店の隅で震えていた。店長も頼むから店を壊さないでくれと目で訴えている。
「貧乏なんだから、このままだと宿も無くすわよ?」
「ち。命拾いしたな、レクサス」
「はふぅ~」
剣を収めたルイに、深呼吸するレクサス。その様子をアルフィリースは目をぱちくりとさせながら見守っていた。ふと、アマリナと呼ばれた女性がアルフィリースの方を見る。
「ルイ、知り合いなの?」
「ああ、この子はアルフィリースといって・・・」
ルイがダルカスの森での経過を説明した。するとアマリナもふんふんと頷きながら、珍しそうにアルフィリースを見た。
「なるほど。うちの部隊とやりあって生きているとは、大したものね」
「あ、どうも・・・」
「自己紹介がまだでしたね。私はアマリナ。ヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホークの0番隊所属で、竜騎士です。よろしくね」
「あ、こちらこそ。私はアルフィリースです。皆はアルフィって呼びます」
アルフィリースとアマリナが握手をする。
「0番隊っていうのもあるんだね」
「ええ、ヴァルサスと行動を共にする部隊なの。と、言っても隊長は風来坊だから、勝手にどこかに行ってしまうのよ。私の仕事はいなくなった彼を探すことかな」
「へぇ・・・」
「何? 何かおかしい?」
「いえ。もっとヴァルサスって人は、隙のない怖い人のイメージだったから」
ルイとアマリナが顔を見合わせる。
「むしろ隙だらけだな」
「ええ、変人ね」
「そ、そうなんだ」
大陸最強ともいわれる剣士の像が、アルフィリースの中で音を立てて崩れていく。その後アルフィリース達の席で3人とも一緒に酒を飲むことになった。以前アルフィリース達は手を貸してもらった時に、酒をおごる約束をしていたことを思い出す。その申し出をすると快くルイが受けたので、一緒に飲んでいるというわけだ。レクサスだけは快く受け過ぎたので、そのままミランダに飛びついて抱きつこうとし、ルイとアマリナとミランダに丁寧にリンチされていた。とどめはもちろんリサである。
というわけで、結局テーブルに男はグウェンドルフしかいない。彼を男と言うべきかどうかは、定かではないかもしれないが。
そしてほぼ女だけの宴席は、盛り上がりも甚だしい。
「ほぅ、それではエアリアルが妹で、このグウェンが旦那で、ラーナが愛人という理解で良いのか?」
「違う違う! ルイ、それ違うからっ」
「私はそれでもいいですけど・・・」
「ラーナも話をややこしくしないでっ!」
「まあ未婚で子持ちなのは間違いないのでしょうね。貴方も若いのに大変ね?」
「アマリナまで! 誰かなんとかしてよ~」
まあアルフィリースへの風当たりが強くなっただけ、とも言うかもしれない。
ルイ達が所属するヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホークは、今は大きな依頼を受けていないので各自が勝手に動いて良いそうだ。実際には多くの面々が隊長と行動を共にしているそうだが。0番隊も最近出ずっぱりだったので、一人にならなければバラバラに動いていいということで、アマリナも勝手をさせてもらってるのだとか。そこで他の隊だとルイと仲が良いので、アマリナから申し出て同行しているらしい。
そんな折、ふとミランダが思いついたのか、ルイとアマリナに質問する。
「なあなあ、二人とも。大陸最強の傭兵団に所属している二人に聞きたいんだがな」
「うん?」
「最強かどうかは疑問だが、私達でよければ答えましょう」
アマリナが愛想よく返事する。
「傭兵団に必要な物って何だろうな?」
「それは漠然とした質問ね」
「どういうことだ?」
ミランダは一瞬躊躇したが、アルフィリースが目で話してもいいとミランダに合図したので、いきさつをかいつまんで話した。その話にさしもの2人も驚いたが、2人もまた完全に無関係とは言えない。ルイは既にヒュージトレントを一緒に倒しているし、ミランダは知らないことだが、ブラックホークは最近まで魔王を討伐して回っていたのだ。
その話を聞いてアマリナが考え込む。
「その話は興味深いね・・・一度ヴァルサスに話してみようか」
「確かにな。奴なら何かしら考え付くかもしれん。所詮私達には無理な事だがな。それで、傭兵団をアルフィリースが作るのか?」
ルイが真剣な目でアルフィリースを見る。アルフィリースはしっかりと頷いた。その表情に固い決意を感じ、ルイが思わず顔を綻ばせる。
「・・・短期間で良い顔をするようになったな、アルフィリースは。良い仲間と戦いに恵まれたようだ」
「良い戦いかどうかはわからないけど、仲間には恵まれたと思うわ」
「うむ、そう思えるのはいいことだ。だが傭兵の事なら、私達よりそこのレクサスに聞くといい」
ルイが危ないからと、柱にくくりつけて気絶しているレクサスに目を向ける。
「私達は割と最近まで軍属だった。傭兵の経歴なら、このレクサスの方が長い」
「そうなの?」
「ああ。こいつは普段はただの変態だが、超一流の傭兵だ。そうでもなければ、こんな変態を連れて歩かんさ。事故のせいにして殺してる」
ルイが物騒な事を言ったが、この2人の間では日常茶飯事なのだろう。そして瓶の酒を飲み干すと、レクサスに向かって突然投げる。危ないとアルフィリース達が思う暇もなかったが、後ろでにくくられて気絶していたはずのレクサスが、その瓶を手で掴んだ。
「姐さん、危ないっすよ」
「いつまでも気絶したふりをしているからだ」
「うっそお・・・」
どうやって縄を切ったのか。アルフィリースの疑問が顔に出ていたのか、レクサスは袖に隠した仕込みナイフを見せてくれた。
「だめっすよ、拘束する時はちゃんと武器の確認をしないとね」
「あ、うん。今度からそうする」
「大丈夫だアルフィリース。拘束するまでもなく、地獄に送ってやればいい」
「姐さんひどっ!」
レクサスが抗議の声を上げるが、ルイは無視した。
「それよりもだ、先ほどの話も聞いていただろう? アルフィリースに何か助言はないか?」
「タダでっすか~?」
「酒と晩飯をおごってもらっているだろう?」
「うーむ、しょうがない。じゃあ俺から一つ忠告を」
レクサスが少し真剣な表情になる。
「もう俺は20年近く傭兵をやってますが、傭兵団を作る時に一番重要なのは、『この団長は信頼できるか』ってこと」
「信頼」
アルフィリースが思わぬことを聞いたという顔をする。
「そうさ。もちろん他にも大切な事はありますよ。どんな依頼を受ける傭兵団にするのか、どこに拠点を構えるのか、どのくらいの規模にするのか、とかね。でもそれより団長が信頼できるかどうかってのが、一番大事でしょう。結局のところ、傭兵なんて主義主張の無いその日暮らしの連中の集まりですから。馬鹿に従って死ぬのはごめんってわけですよ。この人物についていけば生きて帰れるか、稼げるか、自分が危ない時に助けてくれるか、あるいは共に死に甲斐があるか。そういうのが団長には大切でしょうね」
「なるほど。じゃあレクサスにとって、ヴァルサスってどうなの?」
アルフィリースが素直な疑問を投げかけたのに対し、レクサスもまた真剣に答えた。これはルイには意外な事だった。
「俺の場合? うーん・・・一騎打ちで負けたから、いつか仕返ししてみたいってのもあるし、さっきの条件も合致してるし・・・それ以上に面白いかな」
「面白い?」
「ええ、ヴァルサスは色んな所に行きますし、とにかく行動が読めない。俺が見ても無茶苦茶な事をすることもあれば、戦場にいてもふいと姿を消したり、突然仕事を放り出す時もある。でもそれが悉く当たるんだよなぁ。いつぞやなんか、追撃戦で散々成果を上げた夜に、突然団の全員に荷物をまとめて軍を離れるように言ってさ。そしたらその後、ほどなくして夜襲で俺達が参加していた軍が全滅してやんの。おそらく彼には特有の戦場の気配ってのがわかるんだろうね。だからいつも傍にいて飽きない、楽しい、生き延びれる。多くの戦場を巡って色んな指揮官の元で戦ったけど、そう思えるのはヴァルサスだけかな」
「へえ~」
レクサスが楽しそうに語るのを見て、彼が団長であるヴァルサスをなんだかんだで尊敬しているのだということがよく分かった。アルフィリースもレクサスが只者でないことはわかっているので、いつかこういう人物に尊敬されてみたいものだと思う。
その後アルフィリースが用を足しに席を立った時に、ふとルイが口を開いた。話が盛り上がっていて、誰も2人の会話を聞いていない。リサもまた眠いのか、うつらうつらとしていた。
そんな中、ルイとレクサスが話している。
続く
次回投稿は、4/29(金)20:00です。